第27話 あ〜ん(する方)
基本的に涼風紬は人に甘えたりする事がない。学校では真面目な優等生でバイト先では元気な女の子。天音祈凛に甘えられる事があっても涼風自身から甘える事はない。
そんな涼風が急に「あ〜ん」をして欲しいと言いだした。波原は最初疑ったが、涼風は本気のようだ。
「なぜ急にあ〜んして欲しいの?」
「私、普段甘えたりする性格じゃないじゃん。たまには甘えたりしないとね〜」
つまり普段は甘えたりしないから、甘えてみたいって事だ。
「僕はいいけど、後悔しても知らないよ」
「しっかり、『あ〜ん♡』って言ってね」
「ごめん。語尾に付いてたであろう♡は再現出来ない」
波原はフライドポテトを1つ手に取り、ケチャップを付ける。涼風はゆっくりと口を開く。
いざ「あ〜ん」をしようとすると、こっちも緊張して心臓の鼓動が速くなる。涼風の綺麗な唇がハッキリと目視できて、ついドギマギしてしまう。
「あ、あ〜ん」
涼風がポテトを口に入れて食べた。
先程まで、手で持っていたポテトが涼風の口の中に入る。
「感想は?」
「うん、美味しいよ」
「いや、あ〜んの感想は?」
少しの沈黙が訪れる。そして、涼風の顔がほんのり赤く染まる。
「ちょっと恥ずかしかった」
「これからは気軽にあ〜んしてなんか言うなよ。後、気軽にあ〜んするのもアウト。女子は別にして男子はすぐに勘違いするよ」
「それだと、波原も勘違いしてるの?」
波原にとって涼風は高校で初めて出来た友達になる。更に最近は遊びに行ったりよく話をしたりする為、少し距離が縮まっている事も感じている。しかしそれは、恋愛感情とは別だ。友達として好ましいと思うけど、好きではない。仮に好きになってもその気持ちを告げる事はないと思う。なんせ波原自信、涼風と釣り合わないと分かっているから。
「生憎僕は、そんな事思ってないよ」
「え〜、つまんな〜い」
そのままピザとポテトを食べつつ勉強をした。
気づけば時間は9時になろうとしていた。
「う〜〜ん。疲れた〜」
涼風は手を組んで上に大きく伸びた。
「そろそろ終わる?時間も結構遅いし」
「そうだね〜。帰ろっか」
ファミレスを出て、いつも別れる公園まで歩く。
「それじゃあ、また明日!」
「話す機会があればね」
「全然話しかけてくれていいんだよ」
「勇気がないよ」
「意気地なし〜!」
涼風は自分の帰り道を向く。そのまま帰ると思ったが180度回転して波原の方を向く。
「そういえば、気軽にあ〜んしてなんて言うなよって言ってたよね。私そんな事言うの、私の素を知っている波原にだけだから」
突然の言葉に波原は呆然とする。『波原にだけ』って言葉が波原の頭がしっかりと刻まれ、離れない。
「な、何言っての・・・」
波原は顔を染めながら、弱々しい言葉を返す。
そこに追撃を加えるかのように涼風は口を再び開く。
「あ!勘違いしちゃダメだからね」
言い終わると、波原が何かを言う前に涼風は帰っていった。
波原は先ほどより顔を赤く染め、立ち尽くす。
「こんなの、勘違いしてしまうじゃん・・・」
波原は夜風で顔の熱を冷まそうと天を見上げる。しかし、熱は中か々引かず、月明かりと電灯の光が赤く染まる頬をを隠すのを拒んだ。
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