第15話 はい、あ〜ん♡

「み〜くん私のも一口あげるよ」

「みーくん?」


聞き覚えがないあだ名に波原は驚く。恐らく『湊』の頭文字の『み』で『みーくん』だろう。声も今までとは違い、あざとい感じなので学校の涼風とは思えない。


涼風はそのままハンバーグを一口サイズに切り分ける。そして思いがけない行動に出る。


「みーくん。はい、あ〜ん♡」


涼風は左腕を顎に置き、一口サイズのハンバーグをフォークに刺してこちらに向けてくる。


「おい、すず・・・、正気か?」


波原はつい本名を言いかけ、口を閉じる。


「何恥ずかしがってんの〜?いつものことじゃん」


実際にそう言った事実はない、ただのでっちあげだ。しかしこれで更にカウンター席の女子高校から見たら涼風とは別人に見えるだろう。


後は波原がそのハンバーグを食べるだけなのだが、覚悟が決まらない。なんせ、『あ〜ん』なのだから。


「ねぇ、何してるの?早く。私も恥ずかしいだけど」


小さい声で涼風が促す。涼風も顔が赤くなっている。波原も覚悟を決めフォークに刺さっているハンバーグを口に運ぶ。


「うん、美味しい」

「それは、美味しい」


周りからの目線もあり、波原は顔を赤く染まる。


「みーくん顔赤くなってるよ?恥ずかしかった?」

「うるさい・・・」


波原は『涼風も赤いぞ』と言いたかったが、涼風の席は周りからは見えない為言わなかった


ー流石に違うかな。

ー気のせいか〜。


カウンター席に座っていた2人の女子高校生も自分達の料理に向き合い始めた。なんとか誤魔化せたようだ。


「もう大丈夫だぞ」

「どう?私のイチャイチャカップル大作戦」

「マジで、アホかよ!あ〜んは聞いてないぞ」

「合わせてって言ったじゃん」

「限度があるだろ!か、か、間接キスだったし」

「間接キスで照れるのは小学生までです〜」


『間接キス』は波原にとって初めてだった。初めての為『間接キス』でも照れるし恥ずかしい。


食べ終わり、サラダをお代わりしようと思った。しかしなにか落ち着かない為、店を後にする事にした。


「もう8時30分か〜。あっと言う間だね〜」

「バイトならまだ1時間30分あるけど」


来た時と比べ周りの店は閉まっている店が増え、人通りも少なくなった。


「それじゃあそろそろ帰る?」

「そうだな、目的も達成したし」


帰路に着く事が決まり駅へ足を運ぶ。

駅着いて、改札を通る。ホームは行きと比べて人が圧倒的に少ない。電車の中も人はまばらだった。


「うわ〜すかすかだー」

「行きもこれだと楽だったのに」


2人並んで椅子に座る。最初は雑談をしていたが徐々にその回数は減った。次の駅に着く頃には涼風は寝ていた。波原も疲れてはいるが眠たくなるほどではなかった。降りる駅も一緒の為起こさない事にしたが事件は起きる。


電車出発と同時に車内が揺れる。そして涼風の頭が波原の肩に当たる。


「お、おい涼風起きろ」

「う、う〜ん・・・」


流石に起こそうとするが、反応は期待できない。車内には誰もいないが、恥ずかしい。波原の顔は赤くなっている。


「おーい涼風さーん。頼むから起きて〜」

「うん?あ、私もしかして寝てた?」

「寝てたよ。後、その姿勢戻してくれ」

「姿勢?」


ここで涼風は自分の視線が斜めになっている事に気づく。そして右の方を見ると波原の服が目と鼻の先に見える。気づいたのか無言で体勢が戻る。


「ごめん、肩借りてた」


涼風は照れながら謝る。


「いや、大丈夫ちょっとの間だったし」

「何もしてないよね?」

「してない!してない!度胸もない!」

「それもそうか」


クスッと笑いまた雑談に戻る。


「それにしても波原って学校で私以外に友達いる?」

「いないけど・・・」

「こんなに面白いのにみんな見る目ないね〜」

「いや、多分僕が近寄らないでオーラみたいなのがでてるんじゃないかな」


学校での波原は暗いし、隠キャだ。その為、声をかけられても事務的な事だけ。


しかし、それほど苦ではない。好きな時にトイレへ行けるし、1人でゆっくりと昼ごはんを食べれる。困るのも授業でたまにあるペア作りぐらいだ。


波原のぼっちをいじられながら降りる駅に着く。


「帰ってきた故郷だ〜」

「行ったのは3駅先だぞ」

「うるさいな〜わかってるよ〜!」


帰り道は反対の為駅で解散になった。

今日の経験は波原にとってすごい経験だった。

女の子の友達とアニメショップに行って、書店に行って、レストランでご飯を食べる。


これからもこのような事が続くかもしれないと思うと少しドキドキする。そんな事を考えながら波原は家へ帰った。

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