第5話
屋上に呼び出され扉を開けた。
後ろにいた男に背中を強く押されて倒れ込むように屋上へ足を踏み入れる。
勢いよく扉が閉められ、逃げ場はなくなった。
「ちゃんと来てくれたようだな、南雲」
堂々と真ん中で仁王立ちをしている長瀬は余裕綽々の笑みを浮かべていた。
周りには長瀬の連れと思われる男女が何人かいる。
おそらく僕がリンチにされるのを楽しみにしているのだろう。長瀬もやる気満々の表情で指をパキポキと鳴らした。
「僕は別に長瀬くんと戦う為に来たわけじゃない。それと、こういうのは今日で終わりにして欲しいんだ」
「あぁ?」
「僕は普通に学校生活を送りたいだけで、こんなのおかしいよ……」
「南雲さ、まだわかんねえの? お前に学校を楽しむ権利なんて元から存在しない」
にやにやとした気持ちの悪い表情で、長瀬は僕にゆっくりと近づいてくる。
野次馬が段々と盛り上がっていくのと同時に、長瀬は腕を振るう。
「そしてお前がここから逃げる権利もなぁ!」
振るわれた拳を寸前の所で避けて一歩、二歩と後退する。
長瀬は不敵な笑みをこぼしながら僕を睨みつけた。
「お前さっき戦う為に来たわけじゃない、とか抜かしてたけどお前は戦えねえよ。なぜなら、お前の拳が俺に当たることはないからな」
「そ、そんなのわからないだろ。長瀬くんがケガすることだって」
「まーたお前は勘違いをしてるのか、いい加減学べって。なあ、どう考えても運動音痴のお前が勝てるわけねえだろ」
それは正しい。
僕自身もわかっていることだ。だからこうして戦わずに解決できる策を模索しているのに。
「ぎゃははは、長瀬の言う通りだ」
「春斗、カッコいい!」
「ハンデあげたらどうだよ? 一方的ってのもつまんねえぜ」
この野次馬の声に長瀬は軽く手をあげて答える。
「それもそうだな。おい南雲、一発殴らせてやるよ。そこから始めようじゃねえか」
そう言って長瀬は背中の後ろで手を組んで挑発するように棒立ちした。
こんなのハンデなんかじゃない。
罠だ。
僕が殴りかかろうとした隙を突いてカウンターを仕掛けてくる。でもこのまま何もしなければ一方的にやられて終わりだ。
「長瀬くんに僕が何か迷惑かけたかな。何かしていたなら謝る。この通りだ」
直角に腰を曲げて頭を下げる。
「ぶははは、アイツ命乞いしてねえか!?」
「なっさけねぇ男」
野次馬の声はよく聞こえてくる。
確かに情けない行為かもしれない、でも僕は戦う気なんてないし、これで留飲を下げてくれれば平和な解決が望める。
最悪、土下座をしたっていい。心の準備はもう出来ている。
「お前ら、もう少し手加減してやれよ」
長瀬が柔らかい声音で彼らを宥めた。それから僕へと目を向けてニコリと笑う。
「俺はお前に迷惑をかけられたことはないし、謝って欲しいとも思ってない」
「じゃ、じゃあ」
「でもな、お前は嫌いだ。反吐が出るほど」
「なんで、なんで僕だけを」
「簡単な話だ。俺はお前のことが気に喰わない、それだけだ。なあ南雲、人を嫌うのに理由がいるか?」
無理だ、どんな言葉を投げかけたところで平和な結末は訪れない。
どうする。
この状況を確実に切り抜ける方法は何かないか。
「どうした、ほら一発殴っていいぞ」
言いたいことを言えてスッキリしたのか、長瀬の機嫌は上々。今なら一発殴らせてもらえる可能性がある。
だが殴ったとしてその後、どうすればいい。確実に長瀬がやりかえしてくる、そこで避けるかファイトに持ち込むか。
屋上から逃げるという選択肢もあるが、その扉はしっかりと男二人で並んで立って塞いでいる。
「そろそろ来いよ、サービスタイムはそんな長くないぞ」
色々考えたが、どれも成功する確率が低く、うまく行ったところで問題が解決するわけじゃない。
ただ一つ可能であるなら、この状況を打開できる方法がある。
それは、一撃で長瀬を倒す。
一発殴らせてもらえる、この一発で長瀬をノックアウトできれば他の奴等もビビッて手出ししてこない、長瀬も僕に構ってくることはない。
もちろんそんなことができるなら、の話だけど。
「そうだな、あと十秒と言ったところか。十、九、八」
ゆっくりとカウントダウンを始めた。
息を吐き、拳に力を込める。長瀬を両目でしっかりと睨みつけて鳩尾に狙いを定めた。
神様が言うには、以前よりは運動能力が向上しているはず。賭けてみる価値はある。
「四、三……やる気になったか、いいぜ。来いよ」
すぐ目の前には長瀬がいる。
何を考えているのか、憎たらしい笑顔で僕を見ている。何かしてくる様子はない。今なら殴れる。
このチャンス、逃せない。今までされた仕打ちを思い出せ、僕にしてきたことを一生後悔して生きていけ。
「…………」
踏み込んで腕を振るう。
僕の握り拳は確かな感触で長瀬を捉えた。
がしゃんっという音と共に、長瀬の体は屋上のフェンスに叩きつけられた。
何が起こったか理解できないのだろう。
しかし、ただ一人長瀬だけは状況を理解してすぐに立ち上がった。
長瀬は僕を見て怒りに満ちた表情のままこちらに走って向かってくる。
「な、南雲ぉぉおおおおおおお」
その動きはやけにゆっくり見えた。
長瀬から繰り出された拳を避け、反射的に蹴りを入れる。
今度はさっきよりも重い音で網にぶつかって、長瀬はそこで理解しただろう。僕との実力の違いを。
ギャリリーも口を閉ざし、一気に静まり返って僕は屋上を後にした。
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