第4話 舞台の招待
翌朝、学校に行くと周りの視線がいつもと違うのを感じる。
哀れな目でも、バカにした目でもない。僕がイケメンになっていることもあるだろうが好奇の目だ。
教室に入れば、それはより顕著に表れた。
「ちょっと待て、南雲」
いきなり長瀬に呼び止められ、僕は彼へと視線を向けて睨みつけた。
「なにかな」
「……なに普通に登校してきてんだよ。昨日以上の事をしねえとわかんねえのか?」
ゆっくりと僕に近づいてガンを飛ばした。
「長瀬くん、言ってる意味がよくわからないんだけど」
「あ? だからよぉお前は昨日」
そこまで言って長瀬は口を閉ざした。
軽く舌打ちをして僕に向けていた鋭い視線を逸らす。周りにいたクラスメイトの視線が僕たちに集中していたのもあるだろう。
長瀬は自分の席へと戻っていく。
何がしたかったのかよくわからないが、相当な鬱憤は溜まっているようだ。朝からこんなバチバチ仕掛けてくることは今までなかった。
僕はそっと胸を撫で下ろして自分の席へと着く。
「ふぅ……」
「南雲、大丈夫?」
「んえ!?」
隣の席から声をかけられ、僕は勢いよく振り向く。
「長瀬がいきなり突っかかって最悪だったね。あんま気にしちゃダメだよ」
今まで一度も話しかけられたことないのに、突然なんだ。
「何か困ったことあったら何でも言ってよ。宿題、写してもいいよ?」
もしかしてこれがイケメンの効果なのか。
神様は言っていた。女の子十人とキスするなんて簡単なことだと。……いやでも話しかけられただけでキスはおかしいだろ。
「だ、大丈夫、自分でやってきたから」
三橋さんはふーんと言うような顔をして僕の顔をまじまじと見てくる。
なんか変だろうか、僕はおずおずと言葉を発した。
「えっと、僕の顔に何かついてますか?」
「ううん、イケメンだなぁーって」
えーと、これは笑うべきなのだろうか。
ジョーク、冗談、よくわからない。
「穂香、南雲が困ってるよ?」
「んあ、美鈴だ。いつ登校してたの」
「十分くらい前かな。三組に行ってたから」
そう言った後、桃園美玲は俺に視線を移した。
それからニコっと笑って口を開く。
「やっほ、南雲。調子はどう?」
昨日のことを覚えてないのでは、と思うほどに彼女は普通に話しかけてきた。
常人なら桃園さんに対して敵対心を抱くだろう。
でも僕は不思議とそんな感情は湧かなかった。
「ぼちぼち、かな」
「そっか。んーとケガは……ないみたいだね。よかったよかった」
じろじろと身体を見回してから桃園さんは安堵の表情を浮かべた。
この様子を見た三橋さんが小首を傾げる。
「ケガ? どしたの」
この彼女の問いに桃園さんは首を横に振って答える。
「ううん、なんでもない。ね?」
「ああ。そうだね。なんでもない」
ここは桃園さんに合わせておこう。色々と聞かれても答えられないし、昨日のことはもういいんだ。
「えー、なにそれ。気になるなぁ」
「あはは、ウチらの秘密ってことで」
桃園さんは三橋さんを一瞥してから僕の席にまで歩み寄って来た。そして怪訝な顔をして蚊の鳴くような声で囁いた。
「……南雲って本当に落ちたんだよね?」
「うん、落ちたと思う」
「じゃあなんでどこもケガがないの。おかしいでしょ、だって」
目をぱちぱちと瞬きさせ、桃園さんはもう一度僕の体全体を見た。
「奇跡かもね」
「南雲、ごめん。ウチのせいで昨日のこと、本当は止め」
「おいおい、てめえら何こそこそやってんだ」
長瀬春斗は僕を鋭い目つきで捉えてから桃園さんの肩を掴んだ。
ぐいっと引っ張られ、桃園さんは不機嫌な顔を浮かべてから呟く。
「春斗、どうしたの」
「いや、なに面白そうな会話してたからよ」
「別にそんなこと、普通に穂香と会話していただけだし」
僕ではなく、三橋さんと話していたと言う桃園さん。
ただ長瀬はその言葉を聞き入れることなく、僕の机を拳で思いっきり叩きつける。
「なあ南雲、調子乗ってんじゃねえぞ? 美玲に優しくされてまた勘違いを繰り返してるなら学習能力の無さはサル並みだな」
「別に調子には乗ってないよ」
今だって桃園さんに話しかけられたから会話をしただけで、僕が何かしたことなんて何もない。
「その面が気に喰わねえな。イケメンだと勘違いしてんじゃねえの、お前」
「別にそんなことはないし、思った事もない」
「はぁ、うっぜえな。なにぐちぐち気持ちの悪いこと言いやがってよ。うっし、決めた。面白いゲーム思いついちまったよ」
不敵な笑みを浮かべ、長瀬は俺を上から見下ろした。
桃園さんが何かを察したのか、長瀬の服を揺さぶった。
「春斗、何する気?」
しかし彼女の制止を気にも留めず、長瀬は言葉を続ける。
「昼休み、俺とタイマンしろ。それでどっちが上かハッキリさせてやる」
「いや、そんなこと」
「やれ、そこでとんでも恥かいて死ね」
長瀬は確か格闘技経験者だったはずだし、腕には相当自信があるはず。対して僕は喧嘩なんて以ての外、サンドバッグの経験しかない。
勝てるわけがない。
「逃げんなよ、南雲」
チャイムが鳴り響いて長瀬はふんと鼻息一つと共に自分の席へと戻っていく。
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