第39話『信念を貫き通す』
「さすがに休憩するか」
とりあえず俺達は地面に腰を下ろす。
2階は1階よりもモンスターの数が少ないからあっという間に突破できた。
「全然ゲームの世界だからって油断できないね」
「探索者として活動しているから、だろうな」
「やっぱりそういうことなのかな。ゲームの中では実際に死んじゃわないけど、どうしてもそうは思えないの」
シロナミが抱いている感情は正常なものだろう。
ゲームだから大丈夫、というのは最初から頭の中に入っていたとしても体がそれを拒む。
直感的と言った方がいいのだろうか。
「私も怖い。緊張感が凄いっていうのか、死への恐怖っていうのかな」
「ゲームが嫌になったりしてしまったか?」
「いやいや、そういうわけじゃないんだけど……なんか、ね」
ミヤビが言おうとしていることも理解できる。
このゲームが始まって最初は、どうせゲームだから、という気持ちが残っていた。
前にやっていた、完全なる三人称視点のゲームが影響しているんだろうが、そう思っていたのは事実。
しかしあの時。
この世界で初めてボス攻略のために闘ったあの時、負けられない勝負をして味わった高揚感を味わう自分と探索者として活動している自分が重なった。
それにおかげでゲーム内と現実の感覚一致した気がしたんだが、それと同時にこの世界でも人間として生きているんだ、という実感が沸いてきただけでなく死への恐怖もまた同じく感じ始めている。
だからだろうか。
現実世界でも新人研修みたいなことをしたり、今もこうしてゲームの世界でも手助けをしている。
これは、知り合いが嫌な思いをしないようにしているわけだが、それと同じく仮の死だったとしても経験して欲しくないと思ってしまっている……んだと思う。
「ダンジョンの攻略するためにはボスを討伐しなければならない。……って書いてあるけど、だとするとマップに表示されているのは次が最後」
「しかもご丁寧にここで戦ってくださいねって部屋状になっている」
「つまり、ここから先はボス戦」
ちなみに俺は今回、ダンジョンについてのアドバイスは一切口出ししていない。
シロナミに関しては、普段から頭の回転が速いのは把握している。
口に出したら失礼だろうが、ミヤビも同じように答えへ辿り着けているのは意外だった。
「今までの私達って、ちゃんと戦えてたかな……?」
誰がどう見ても初心者であそこまで動けたら、経験者かと疑ってしまうところだがな。
「フィードバックはダンジョンをクリアした後だ。俺から言えることは、最後まで気を抜かずに2人で連携して頑張ってくれ、とだけだな」
「そう――だよね。これは私達からの提案なんだから、自分達の力で頑張らないとね」
「でもさあ。私達の予想が当たっているとしたら、次に待っているのはダンジョンのボスってことになるんだけど、大丈夫なのかな」
「正直に言ったら、不安だよね」
それもそうだよな。
本来なら、ダンジョンへ入る前にあいつらと戦うのが先。
それを通ってきていないんだから、大体の予想すらできるはずがない。
ここまで順調に進んできたからこその不安なのだろう。
「ワドくんが居るからって、頼るような真似はしちゃダメだもんね。私達で頑張らないと」
「だね。まだまだ日は浅いけど、私達の連携力は確実によくなってる」
「そうそう。よーっし、いくぞー」
「おーっ」
なにか助言を、と少し思ったが必要なさそうだ。
「じゃあいくか」
5階のボス部屋へは扉などはなく、人が2人ぐらい歩けるほどの幅しかない通路が続く。
歩くこと10秒ほどのところで、開けた場所に辿り着く。
ここからはボス戦が始まる。
「俺は注意を引かないようにここで待っている」
「うん」
「ちょっと緊張してきた」
2人は首を縦に振った後、歩き出す。
さて、ここからは分析と考察の時間だ。
「ミヤビ、あそこ」
「あれがボスだね」
そんな2人のやり取りが若干だけ聞こえた。
なけなしのゲームアシストのみで視界不良の中、部屋の中央付近に2人が辿り着くと壁に接してある松明が赤く燃え上がり部屋を照らす。
ここまでは前回の俺も同じ状況だった。
そして奥から姿を現すレンジャーウルフ。
「うわ、強そう」
シロナミは珍しくそんなことを零す。
その気持ちはわかる。
俺のキャラは177cmで、ミヤビは160cmぐらい。
シロナミも160cmぐらいだから、俺よりもレンジャーウルフが大きく見えているだろう。
俺でさえ見上げていたのだから……たぶん、180ぐらいはあるんじゃないか。
隆起した筋肉に強靭な骨格、そして右手に持つ石の剣みたいなものを持つ。
二足歩行の人狼――しかしスピードはそこまでない。
その代わりにパワーは想定以上にあるため、生身で受ければたった1撃でもくらえば交代を強いられる。
しかし不自然だな。
ここまでのモンスターには、全部名前の横にレベルが表示されていた。
前回のボス戦時は確認をしていなかったから、今回だけなのかもしれないが……要検証が必要なのかもしれないな。
「シロナミ!」
「うんっ!」
ミヤビの声が部屋中に反響する。
合図とアイコンタクトだけで、次の行動が伝わっているのか。
ミヤビが前に、シロナミがその数歩後ろに陣取り始めた。
とある戦術を思い浮かべたが、見て判断しようじゃないか。
『グラアアアアッ』
――始まった。
「はぁっ!」
『グアァ!?』
「はあぁ!」
ミヤビがレンジャーウルフの剣を弾き、仰け反った隙にシロナミが飛び込んで攻撃を仕掛ける。
やはりそうか。
近距離戦においてのヒットアンドアウェイ。
この戦術は、基本的には前衛と後衛が組んで攻撃をする戦い方だが、この一撃離脱をする戦い方は『スイッチ』やら『スワップ』やら『チェンジ』の名前があったりする。
別に掛け声はなんでもいいが、そこら辺はまだ知識としてないだけだろう。
「次!」
「次!」
シロナミの剣撃から、ミヤビが弾き、またシロナミの剣撃からミヤビの剣撃に繋げている。
流れるような連携は本当に見事なものだ。
しかし……。
最初からわかっていたことだが、2人のレベルは3。
ここに辿り着くまでもそうだったが、1撃でモンスターの体力を削りきれていなかった。
それは今でもちゃんと影響している。
2人の連携によってレンジャーウルフは1歩1歩後退し、体力はしっかりと削れていっているが、あれだけやってもまだ1割ぐらいしか減っていない。
いくらゲームの中では体力がないからと言っても、そろそろ集中力が切れてしまうはずだ。
『ングアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』
「きゃっ」
「うわっ」
レンジャーウルフの猛る咆哮と共に繰り出された石剣による大薙ぎによって、2人は後方にダメージを負いながら吹き飛ばされてしまった。
2人の体力残量は残り2割。
さすがのボスといったところか。
勘違いして欲しくないのが、俺はなにも痛めつけられている2人を見て楽しんでいるわけではない。
2人はちゃんと回復薬10本をインベントリに入れている。
だからちゃんと回復できることを知っているから、こうして静観しているんだ。
しかし、悲しくもダンジョンというのはアイテムの総数を制限されてしまう。
俺もそうだったが、回復薬が使用できるのは全員が共通かつ同じアイテム。
一定数値を回復してくれるものではなく、割合で回復していくもの。
その割合は、1本で2割。
だから今の2人は、もう1度だけ失敗ができるというわけだ。
「正直、勝てる気がしない」
「うん、そうだね。でも、やらなきゃ」
弱音を吐くミヤビに、シロナミが勝気をみせる。
「ミヤビ、次は私からいくよ」
「――わかった」
そのやる気というか根性というかはわからないが、それらはどこから湧き出てくるのか。
先ほどより興奮状態に合うレンジャーウルフへ、シロナミは正面から突進してい行く。
「はぁああああっ!」
勢いそのままに、振り下ろされる石剣を低姿勢に回避しつつ脇腹を斬って通過し――シロナミは背後に回り込む。
レンジャーウルフもシロナミを追いかけるように振り返ろうとするが。
「はぁああああっ!」
今度はミヤビが、ガラ空きになっている向かって左脇を斬りつける。
『ガァッ!?』
まるで現実世界に生息しているモンスターさながらに驚愕を露にするレンジャーウルフ。
しかし、そうなってしまうのも無理はない。
――廻旋式戦術。
「はあっ!」
『ガッ』
「はっ!」
『ガァ!』
背後からの攻撃に振り向こうとすれば、正面から攻撃を受ける。
どちらか一方に集中すれば意識外から攻撃を受けてしまう。
正面には盾を持っているミヤビが配置していることで、反撃があったとしても致命傷は避けられるというわけか。
「……これがパーティか」
これほどの一体感を見せられたら、嫌でも『そこに自分が居たのなら』と考えてしまう。
いや……このゲームが始まって以来、ほとんどの時間を1人で過ごしてきたからこそ憧れてしまった。
「うっ――」
「おいミヤビ! 目の前に集中しろ!」
「えっ――きゃぁ!」
想定通りに反撃を盾で防ぎ、ダメージは先ほどの半分で済んでいた。
しかし体力が半分になったからだろう、すぐにインベントリを開いて回復をし始めた結果、続く2撃目から目を背けていってしまい全回復したのに瀕死の状態になってしまう。
「――私が」
『ンガァ!』
「かは――」
隙を突いてシロナミが背中に攻撃を加えるも、相手を怯ませられるほどの強攻撃ではなく、振り向きざまの左腕で強打されてしまう。
攻撃力は凄まじく、シロナミはそのまま壁まで吹き飛ばされてしまった。
シロナミの体力は残り1割。
「――」
カナリアだったら、どう判断するかな。
『2人のことを考えたら事の経緯を見守るべきです』か? それとも『暁様の思い通りに』か?
後者だろうな。
なら。
「数日ぶりじゃないか。って言っても、今目の前に居るお前は以前とは違う存在なんだろうが」
『グルゥ』
「まあまあ、ここからは俺と一緒に踊ってくれないか?」
俺は1度、初心者であるミヤビを見捨てた。
だったら今やるべきことは決まっている。
それにパーティメンバーが目の前で死ぬのを見過ごすわけにはいかない。
俺含み、探索者だからそこ抱いている"死"への恐怖も共通にある。
なら俺は――信念を貫き通す。
剣を抜刀し、右下に下ろしたまま構える。
「やり合おうぜ」
速攻【スリッシュ】による強攻撃を仕掛けた。
『ガッ』
「……なるほどな」
レベル表記されていなかった意味がわかった。
『ンガ!』
「残念」
攻撃に合わせて【スルウ】を発動し、はらりと攻撃を回避。
その後すぐ、後方に跳ぶ。
俺の攻撃だというのに、レンジャーウルフの体力は0.5ぐらいしか減らなかった。
つまり、レベル表記されていなかったのはダンジョンの仕様に含まれるということだ。
回復薬が割合回復であり個数制限。
そして、ダンジョンのボスであるこいつに与えられる攻撃もレベルが関係のない割合になっているということ。
だから、もしも俺より高レベルの人が攻撃を仕掛けたところで同じようにしか減らないだけでなく、逆に言えばレベル1の人が攻撃したとしても同じぐらい減る。
「ははっ。だがな、俺はレベルが高いんだぜ?」
前回の戦闘時、俺は冷静じゃなかった。
戦いが猛烈に楽しすぎて、ただ目の前に居る強いモンスターと対峙していただけだ。
こいつの攻略法は、攻撃回数にある。
攻撃力が制限されている? だからどうした。
「ここからはレベルの暴力だ――っ!」
『ガッ! ンガァ! ガァアアアア!』
「ふんっ――はっ――はっ――おら!」
スキルなんて必要がない。
攻撃を見極める必要がない。
相手を様子見する必要がない。
ただ速度を上げ、右に、左に、前から、後ろからひたすらに剣で斬りつける。
「ほら、踊れ!」
まるで悪役にでもなってしまったかのような発言だが――ダメだ、楽しくて仕方がない。
俺は面白いぐらいに減っていくレンジャーウルフの体力を見て確信した。
「完全攻略――だっ!」
『ンガアァ……――』
レンジャーウルフの体力が0になり、光の破片となって消滅。
次に、目の前の空中に表示される【ダンジョンクリア】の文字。
転送まで残り10秒。
「すぅー、ふぅー」
やってやった。
俺はこれで胸を張ってこのダンジョンを攻略したと言える。
誰1人として死ぬことなく。
残り5秒。
でも残念だな。
いつもなら1人だから、周りの目を気にせず喜べるところだが……こればかりは仕方がないな。
転送開始。
眩しい光に包まれながら、思う。
……ただの自己満足かもしれないが、今度は見捨てずに済んだ。
良かったんだよなこれで。
これで……やっと……。
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