第六章
第37話『思いは払拭され』
ゲームにログイン。
これといって変わった景色ではなく、現実世界と瓜二つの青空を見上げて目を細める。
目線を下ろせば、本当の異世界に来てしまったかと錯覚するほど精密に創られた建物の影を歩く人々。
放課後の夕方だというのにどうしてここまで人が居るのか、という質問はもはや今更だろう。
最初はただのオブジェクト程度にしか思っておらず、見向きもせずに駆け抜けていった噴水を背に立っている。
なぜかと言うと、ゲームに求めるのは『攻略』の2文字しかなかった俺は今、珍しくも人と待ち合わせをしているからだ。
「なあカナ……――」
俺は何を緊張しているんだ。
ゲームの中ではアシスタントAIを呼び出せないっていうのは、初歩中の初歩じゃないか。
それに落ちつけ。
行き交う人々をそこまで流し目で確認しなくたって、あちらから声を掛けてくれるだろ。
「あ、あの」
「はい?」
「ワドさんですよね」
「ミ……ヤビさん」
その声に振り向くと、俺より身長の低い黒髪の女性が立っていた。
あの日以来、ずっと脳裏に過っていた女性であり、心の中にずっと罪悪感という名の棘として刺さり続けていたから一度たりとも忘れてはいない。
「その節は、いろいろとありがとうございました」
「こちらこそ」
「え? 私からはなにもしてません、よ?」
「そういえばそうでしたね」
ちょっと自信がなさ気に目線をちょくちょく外したり、声量が少し小さかったり。
でもふとした時に笑みを浮かべる姿は、今思えばしっかりと年相応だったんだな。
いろんな経験から、この人はもしかしたら男の人かもしれない、なんて少しでも疑っていたことを恥ずかしく思う。
「不思議な感覚だ。こうして話している今もなんだか信じられない。あの時のミヤビさんが、まさかの現実世界でも顔を合わせていたなんて」
「私もなんだか不思議な感じがするよ」
「むず痒いな」
「だね」
「ここまで来たらもう敬語なんて要らないと思うんだが、どうだ?」
「うん。現実世界で顔を合わせただけじゃなくて同い年なんだもんね」
いつまでもこんな感じじゃダメだな。
「そういえばシロナミはまだかな」
「もうすぐ来るだろ」
改めて直視すると、現実とのギャップを感じる。
第一印象は控えめな女性、といったイメージだったものの、現実世界での第一印象は普通の女子だった。
だが今こうして互いを知って話してみると、現実の姿がしっかりと重なったというか、壁がなくなったように感じる。
俺も俺で、最初はカッコいい自分を演出していたのだからお互い様ってわけだな。
「ワドっと今、どれぐらい進んでるの?」
「進行度具合で言ったら、次の街までしか行けてない」
「え、もう次の街に行ったの!? 私と出会ってからまだ数日ぐらいしか経ってないよね」
「まあそうだが。このゲームには特殊なシステムが実装されているだろ?」
「あ~、現実世界のレベルと同期できるってやつね。え、でもでも……ワドって、現実世界でもレベルが高いってこと?」
「んー……現実世界で俺のレベルは高いとは言えない。というか、上を知らないからなんとも言えないが、このゲーム内では高い方だとは思う」
「それで、レベルはおいくらほどで?」
「30」
「わーお」
そういった反応をされるのは、随分と新鮮な気持ちだ。
今回のゲームは、今のところ鈴城以外に話をしたことがない。
というかゲームの話をして通じる人が居なかった、という方が正しいか。
「ゲームセンスの塊ってことですなぁ」
「どうなんだろうな。俺は、現実世界で探索者として積んだ経験をゲームでも活かし、物事を分解したり分析するのが好きなだけだ。しかもそれが偶然にも合致している、という感じで」
「ふむふむ。なるほど、言われてみればゲームでも探索者として戦う時みたいに体も頭も使えばいいのか。勉強になった!」
「まあ、ゲーム世界ではアシスタントAIは使用できないがな」
「う、うぅ……そこなんだよねぇ」
両肩を落すミヤビ。
このことに関しては、前もって自分で言っていたから本当なんだろう。
「ごめーん、お待たせー」
「きたきた」
「おう」
こっちで観るのは初めての鈴城だと思う人が現れた。
いや、こうして俺達の前に出てきたってことは鈴城本人か。
「ワドくんは、そういう感じなんだね」
「なんだよ、そういう感じって」
「なんというか、現実世界とあんまり変わらないかなって思って」
「そうか? これでも現実世界よりカッコいい感じにキャラクリエイトしたつもりなんだが」
「まあそうなんだろうけど、でも、一回見ただけですぐにわかったよ」
「マジか」
「マジマジ」
現実の世界より身長を盛って、現実の世界よりイケメン風にして、現実の世界より骨格を良くしているのに?
「だが、そうだとするとシロナミは現実世界とは真逆なんだな」
「まあ、ね」
シロナミ、という名前が似合う、波が漂っているかのような白い長髪は現実の印象とはまるで違う。
体格は現実世界とあまり変わらなそうだが。
現実の世界では表現できない自分を、ゲームで表現したいってことか。
「別に良いんじゃないか」
「え?」
「ゲームの世界ぐらい、なりたい自分になっても良いし、やれる範囲を飛び出してやりたいことをやってみればいい。ゲームだって立派なもう1つの世界だ。こっちの世界でだって俺達は生きてる」
「……暁くんらしいね」
「なんだよそれ」
「ううん。なんでもない」
まあ、言いたいことは大体わかるさ。
1にゲーム、2にゲーム、3にゲームというゲーム人間の俺だからこそ、こういう意見が言える。
それを知っている鈴城だからこそ、俺が言っている意味もわかるってことだろうな、たぶん。
「さて、こうして全員が揃ったわけだ。行くか」
「うん」
「出発ーっ」
俺達はただ顔を合わせるためにゲーム内で集合したわけではない。
2人が「ゲームの世界でも1回だけでいいからレクチャーをしてほしい」と言ってくれた。
それは俺の中では願ったり叶ったりのことで、あの時見捨ててしまったという後悔を完全に払拭させてくれるものだった。
このまま狩場に向かうのも良いが、どうせなら依頼も一緒に受けることで効率を上げようという話になったから、これから冒険者組合のある中央区へと向かうことが決まっている。
俺は教え上手だとは自負していないから、少しだけ心配ではあるが……まあ、なんとかなるだろう。
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