第28話『強い相手と戦うってやっぱ燃えるよな』

 扉に手を置き、ゆっくりを押し開ける。


 中には壁に大体な間隔で壁に設置してある松明がまず視界に入る。

 松明によって照らされるのは、先ほどまで観てきた通りの岩肌で出来た部屋。

 真四角な部屋というよりは若干ドーム型になっているだろうか。


 部屋の中を一瞥したところで、部屋の中心に赤い光でなにかが形作られていく。


 それはまるで人間のようなに二足歩行で、右手に剣のようなものを握り、空いている左手の指先からは鋭利であろう爪が伸びている。

 隆起しているであろう全身の筋肉の上に乗っているのは、ダンジョンへ侵入する前に戦闘した狼を連想させる前方に出っ張った鼻と口。

 その頂上に尖った耳が形成され、予想が的中した。


 【レンジャーウルフ】。


 その名前が頭上に表示され、正体が具現化した。


 灰色の毛皮に覆われた前身は、言うまでもない"人狼"そのもの。


『グルゥー』


 真っ赤に染まる瞳と目線が合う。


 【レンジャーウルフ】の名前の端に表記されているレベルは30。


「おいおい、マジかよ。ダンジョン攻略難易度が一気に跳ね上がり過ぎだろ」


 ついそんな弱音を吐いてしまうが、それと同じく、これはソロ攻略なんて意図されておらず、パーティ攻略を推奨されているのだと。


 しかし、こうも思う。


「相手にとって不足なし」


 こんな展開、ゲーマーだったら燃えるだろ。

 圧倒的に強い相手に、自分の全力をぶつけられる。

 ここで胸が高鳴らなくて、なにが最強ゲーマーだ。


『グルァアアアアアアアアアッ!』

「やり合おうぜ!」


 ハンターウルフとは比べ物にならないぐらいの低速でレンジャーウルフは、こちらへ走ってくる。


 俺も、同じく向かい走る。


「はぁああああああっ!」


 初撃はこちらから。

 小細工をして様子見だなんてやっていられるか。

 俺は大振りで冗談からの強攻撃を仕掛ける。


『ガァッ!』

「やるじゃねえかっ」


 振り下ろされた剣は、俺の体を交代させるほどの力で弾き返された。


『アッ!』

「うわ危なっ」


 俺が後退したすぐに、元居た位置に左拳が通過した。

 あれに当たっていたら、たぶんかなりのダメージをくらっていただろう。


 互いに睨み合う。


 そうか、危うく忘れたまま戦闘し続けるところだった。


 ハンターウルフのようなエリアボスには、若干の学習能力がある。

 それつまり、レンジャーウルフは更なる学習能力を有していることになるわけだ。

 このまま様子を伺いつつ、突破口を切り開こうと試行錯誤を繰り返して手の内を晒し続ければ、勝機はなくなる。


 自然と口角が上がる。


「燃えてくるじゃねえか」


 考えるな、己の感覚に従え。

 ただ勝つんじゃない。

 圧倒的な力を示すんだ。


『シィー』


 ふんっ、中々動き出さない俺を見て格下認定でもしたのか?

 その不敵な笑みを、今から悉くを消し去ってやる。


「すぅー、はぁ……いくぞ」


 意味もないのに、つい現実世界での癖を出してしまった。


 俺は一直線に駆け出す。


 レンジャーウルフは、馬鹿が飛び込んでくると思っているのであろう。

 頭上高くに石剣を持ち上げて、俺をぺちゃんこにしてやろうとでも考えているんだろうが……俺の速さを舐めるなよ。


『ッ!?』


 石剣が振り下ろされるより前に、俺はデカい図体を右側へ横切って脇腹を斬って通過。


『!?』


 通過した側から体を返してこちらへ振り向こうとするなんて、あまりに愚かだ。

 俺は振り返られるより前に、反対側の脇腹を斬ってレンジャーウルフの前に立つ。


「おいどうした犬っころ。お利口な頭じゃあ俺の動きは理解できないか?」

『グラァアアアアアアアアアアアアッ!』

「おうおう、これは随分とお怒りモードだな。現実だったら耳がキンキンしていたところだ」

『ガア! ガア! ガ!』

「ははっ、お自慢の筋肉で力任せに攻撃なんざ、理性を有しているっていうよりは本能でしか考えられてないんじゃないのか」


 力一杯に石剣を振り暴れる姿は、まさに滑稽。

 力量差の提示と挑発による理性崩壊。

 あまりにも上手くいきすぎて、笑うしかない。


 だからこそ単純な攻撃の連続など、ひょいひょいっと回避するだけ。


「はぁっ」


 まるで子供が力任せに物を振り回すだけの攻撃は、まさに隙だらけ。


 腕、脇腹、足、手、腹、背中――と、次々に攻撃を加える。

 そして、レンジャーウルフの体力は残すところ約1割。


『ガハァ……ガハァ……』


 荒々しい息遣いをしながら、レンジャーウルフは数歩下がった。


 学習能力があるからこそ、やっとのことで自らの悪手に気づいたのであろう。

 それとも、敗北の2文字が目の前に迫ってきたからこその恐怖心を抱いてしまったのか。


 だが、だからこそわかっているだろう。

 俺はダンジョンへの侵略者であり、お前はダンジョンの守護者だ。

 逃げることは叶わず、俺へ立ち向かわなければならない。


 そうだ、俺達は決戦を行っているんじゃないんだ。

 俺達は『死闘』を繰り広げている。


「なら覚悟を決めろ。俺は最初からできているぞ」

『グッ――』

「残念だ。しかし、待ってはやらない」


 さらに1歩だけ退いたレンジャーウルフへ、俺は駆け出す。


『ガッア! ガッ! アッ!』


 まるで「こっちに来るな」と行動で示すように、石剣を振り回し、左腕で顔を護っている。


 だからこそ、ガラ空きなんだよ。


「はあぁっ!」

『――――』


 左腕が上がっているからこそ、頭以外のもう1つの弱点である心臓へ剣を突き刺した。

 その瞬間にレンジャーウルフの動きは止まり、HPは全て消え去り――赤光りする破片になって消滅。


 次の瞬間、目の前の空中に『ダンジョンクリア』の文字とクリア報酬が表示される。

 そして『転送』とカウント30秒が開始。


「やった……やった……やったんだな――」


 未だ熱が籠る体とは逆に頭は冷静になってきて、喜びが一気に押し寄せてくる。

 これには、つい拳を握り締めてしまう。


「よっしゃああああああああああああっ」


 柄にもなく、声高らかに喜びを露にした。

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