09第九幕『忘れられた巡礼路を照らす星』

ほのおと雷っぽいのは、そこそこ出来るけど、眷属けんぞくを呼ぶやつ…召喚魔法だっけか。あれは知らないし、難しそう。精霊や妖精の力を借りるとか何とか」


「うむ。それはそれで今後の修行次第ってとこなんじゃが、例のほら、あれだ、丸っこい跡を残す術。あれは非常に特殊で、操る者は滅多におらん。いや待て、早まるでない。ここで放ったらいかん」


 老師は耳も遠く前歯も欠けて耄碌もうろくしていたが、経験豊富な魔法の使い手らしく、サフィが聞いたことのない知識を披露した。丸い穴を残す術式は土属性の魔法の一種で、通常は高度な訓練が必要だと説く。


「前に見たのは、そうじゃな、余が絶世の美少年と謳われて、大きな戦もなかった平和な時代。この街に突如現れた背の低い、やはり黒魔道士を名乗る者が、もっとも彼は男じゃったが、芸を見せるように披露して、街の人を沸かせた。手品のようでもあったが、威力は確かで、掌から冥界の如き闇を生み出すんじゃ」


 一部不必要な情報もあったが、冥界のような闇を生み出すという表現は巧みで、サフィは気に入った。是非とも今後、拝借して使ってみたい。お礼代わりにと掌の上に、小さなくろい球体を作って見せた。


 慟哭宮どうこくきゅうに集う一同が感嘆する。それと同時に、秘宝の石が更に強く輝いた。紅蓮の焔のように赤く、熱を帯びているような錯覚に陥る。老師によれば、闇を生む魔法が土属性である証拠だと言う。鉱物など作用する力だ。


「おっと、娘さん、それは危ない代物だ。早う仕舞いさなれ。そいつは物を壊すのじゃなく、何でも呑み込む危ういものかも知れん」


 言われた通り、サフィは直ぐに消滅させた。艶の全くないくろい球体は物珍しく、不気味で不吉な印象もあるが、確かに、ちょっとした手品のようでもある。


 老師はそれ以上、黝き球体にはついては言及せず、燃え盛るような虹の石を台座に置いた。秘宝に相応しい鎮座の仕方だ。石を据えた瞬間に一条の光が伸びて謎の古代文字が浮かび上がる…といった神秘的な現象は起こらず、赤から橙色、そして黄色へと七色に変化しただけだった。


 サフィは落胆したが、七変化でも周りの者を驚かせるには充分だ。老師が語った通り、鮮烈な赤色は初のお目見えで、白装束集団の誰もが今まで観測したことがなかった。虹の石は七つ目のいろどりを宿し、ここに真の姿をあらわしたのである。


 そうは言っても派手に輝くのみで、眺めて面白い程度だ。周囲の歓喜の声を余所よそに黒魔道士は興醒めする。だが、その時、石の光に照らされた奥の壁に、地図のような地味な絵が掲げられていることに気付いた。


 大きな石板だ。山や河を示すピクトグラムに、意味ありげな星印。間違いなく何かを示す地図で、サフィには見覚えがあった。


「ご興味がありますか? それは三百年くらい前に発掘された石板で、とても貴重な遺物だと伝えらていますが、わたくしどもは詳しく知りません。古い大きなくにの勢力図だと説く城主もいれば、秘宝の在処ありかを示す地図だと言い張る聖職者もいたようです」


 案内役の白装束が説明する。サフィは石板右端の山河に見覚えがあった。ローブの裾から巻き物を引っ張り出し、目の前のピクトグラムと照合する。サフィが隠し持っていた巻き物には地図が描かれ、たくさんの暗号に似た書き込みがあった。


「似ているようでもあるし、うん、全然関係ないように見えるところもあるよね…」


 気になるのは星印だ。それは山の中腹にあったり、河の源流附近にあったりと統一感がない。取り敢えず、石板を参考にして巻き物に印を刻む。周りの白装束は、老師も含めて不思議そうな顔で、黒魔道士が広げた巻き物を覗き込んだ。


 そこには山や河に加え、大小の湖や集落を示す書き込みがある。特徴的なのは、太い一本の線だ。複雑に蛇行し、途中で直角に折れ、一部破線になっている箇所もあった。


「それはいったい何の地図なんじゃ?」


「巡礼路って言うんだよ。昔、巡礼者が歩いた道なんだって。失われた巡礼路。とても大切で、昔は大勢が競って歩いた道だとか。今は、もう誰も覚えていないらしいけれど、この都市だって、順路の途中にあるんだよ」


 聖職者は顔を見合わせ、巡礼について知っている者がいないかと互いに尋ね合ったが、関連する記録も伝承もなかった。失われた巡礼路とは、いったい何なのか。


「すると娘さんは、その巡礼の道を独りで旅してるってことなのかい?」


「うん、そんなところかな。私は旅人でもあるけれど、もうちょっとスタイリッシュに言うと、そう、巡礼者。失われた巡礼路を取り戻すための、そんな旅かな」


 サフィは手際よく描き写すと地図を丸め、ローブの裾に仕舞った。


 聖職者たちが興味を示す話ではなかったようだ。彼らは骨を埋める覚悟でこの城塞都市に住まい、城外に赴くこともまれという。およそ旅人とは正反対の暮らしを営む定住者である。それ以上、石板の山河や古地図の道筋に関心を寄せることはなかった。


 失われた巡礼の道。そこはかつて老いた魔道士までもが杖をいて黙々と歩いた道だという。いにしえの記憶は薄れ、手掛かりは少なく、痕跡が見付かるかどうかも怪しい。そして、く先に何が待ち受けているのか…


 長く果てしなく、終点があるのかさえも分からない巡礼の旅路。黒魔道士の少女サフィは、未だ始まりに近い場所で爪先立ちをしているに過ぎなかった。


 

      <第一話『螺旋城の捕囚は太古の地図に印を刻む』完>


❁❁❁〜作者より 🔮〜❁❁❁

プロローグは、こんな感じで閉幕。「失われた巡礼路」を歩み、それを取り戻すことが旅の目的になります。


この後、慟哭宮で接待を受けますが、夜も更け、起きているのは不眠症のサフィと異様に元気な老師だけ。声が大きいです。宝石を渡したお礼に土産物を色々貰ったりもしました。


第二話は城塞都市から西に進んだ先の道中から始まり、ヤバい奴と遭遇します。

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