第224話 純粋な憎悪
時間は少しだけ遡る。
ドラゴンを勇者たちに押し付けた俺は、スカディの眷属である鳥を追って彼女たちの下へ向かっていた。
ギリギリ間に合ったと、そう思った。
しかし、実際は違う。俺が駆け付けた時にはスカディが剣で刺されていた。
彼女の腹部を貫通した魔力の刃が、網膜に焼き付く。
そこから先はあまり記憶がなかった。沸々と怒りがせり上がってくる。尋常ないくらいの疑問と後悔が全身を駆け巡った。
地面に倒れるスカディを見て情緒がぐちゃぐちゃになる。そこへさらにとどめを刺そうとした悪魔を見て、どうしようもないくらいのどす黒い何かが溢れ出した。
仲間が増えたが気にしない。俺はよろよろと彼らに歩み寄った。その距離が三十メートルほど近づいたあたりで男のほうが俺に気づく。
何か喋っていた。わからない。彼らの言葉が俺には理解できなかった。
「ね、ネファリアス様……」
近くでクロエたちの声がした。それもまた、俺にはよく聞こえなかった。微妙なノイズのように、妙に胸中を刺激する。
ああ、ダメだ。今の俺は怒りに囚われている。救いたかった彼女を救えず、傷付けてしまった。それがどうしようもないくらいに苛立って——。
「殺す」
たった一言、彼らに向けた。
直後、悪魔たちは剣を構える。
「エイミー。誰だあの男は」
「あれがネファリアスよ。まさかドラゴンを倒したの? こんなに早く?」
「なるほど。あれがお前の警戒していた男か。確かに凄まじいオーラだ。私の部下たちはあれにやられたようだな」
「ええ。気を付けなさい。下手するとあんたでも勝てない——」
女性悪魔の目の前に俺は移動する。言葉の途中で女は反応が遅れた。
無防備に晒された胸元に剣を振り下ろす。
——が。
ギィィィンッ!
甲高い音を立てて俺と女性悪魔の間にひと振りの剣が挟み込まれた。その剣に俺の一撃は止められる。
隣にいたもう一人の悪魔だ。長い髪が大きく揺れる。
「させんよ。お前の相手は私だ」
「邪魔するな、クソ野郎」
俺はさらに剣に力を籠める。徐々に男の刃は押されていく。
「くっ⁉ 人間風情がこれほどの膂力を⁉」
何かほざいているが無視だ。俺は女性悪魔を狙うために割り込んできた男性悪魔の脇腹を蹴った。
凄まじい衝撃が生まれ、男性悪魔を遠くへ吹き飛ばす。
剣を構え直した。
「そこ!」
攻撃までの隙を女性悪魔が突く。でたらに放出した魔力が目の前で弾けて爆発する。
それを剣でガードし、煙ごと女性悪魔の首を斬る。
「あぶなっ!」
俺の刃はギリギリ女性悪魔の腕を斬るだけで終わった。鮮血が飛び散り、もう一撃加えようとするも、遠方から黒い槍が飛んできた。それを剣で弾く。
女性悪魔は後ろへ下がり、俺に蹴られた男性悪魔が復帰する。
あいつは遠距離攻撃もできるのか。まあいい。
俺はちらりと視線を下げる。背後に倒れたスカディへ歩み寄ると、彼女の腹部に手をかざしてスキルを発動する。
俺が持つ治癒スキルだ。
レベルカンストした治癒スキルは、スカディの腹部を完璧に治した。これで死ぬことはない。
だが、今もなお燻る俺の怒りは消えない。
再び立ち上がって悪魔たちを睨む。
「厄介な敵だな、エイミー」
「本当にね……前に戦った時より強いわ。本気みたいね」
「だが決して勝てないレベルじゃない。私に合わせろ。確実に攻撃を当てるぞ」
「了解」
悪魔たちは同時に地面を蹴って俺に迫った。
背後にはスカディがいる。この場で戦闘を行えば確実に彼女を巻き込む。俺はそれが許せない。
左右から挟み込むように攻撃を行う二人の悪魔。女性悪魔の剣を自身の剣で受け止め、反対側から振り下ろされた男の刃を無視して——男自身を捕らえた。
「ッ⁉ 急に体がっ」
悪魔の手。
不可視の拘束が男の動きを止める。
拘束時間は決して長くないだろう。ほんの一瞬の隙を突く。
男の懐に入り、剣を持っていないほうの腕でパンチを繰り出した。拳は男性悪魔の腹部を捉え、遥か彼方へと吹き飛ばす。
「ベレト!」
「次はお前だ」
競り合っていた女性悪魔の剣を弾く。くるりとその場で回転し、彼女の顔面に蹴りをお見舞いした。
方向は完璧。男性悪魔と同じほうへ女性悪魔もまた吹き飛んだ。
二体の悪魔が視界から消えると、振り返って後ろにいるクロエたちに指示を出す。
「クロエ、リーリエ」
「は、はい」
「スカディを頼む。それとあの女を絶対に逃がさないように監視しててくれ」
「わ、わかりました」
どこか怯えた様子の彼女たちから視線を外し、俺は地面を蹴って悪魔たちの下へ向かった。
気兼ねなく、今度こそ殺す。
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