第222話 マリーゴールド珍道中?③
翌日。
月が沈み朝陽が昇る。
世界を明るい光が照らし、徐々に見えてきた町の外壁を眺める。
マリーゴールドは言った。
「あれが王国領最後の町かしら」
隣に座るミラが答える。
「はい。あそこから馬車で乗り換えるとまた一日ですね。それで聖王国に到着するかと」
「楽しみだわ。お兄様がまだ聖王国にいるといいんだけど」
「何か重要なお仕事をされに向かったのでしょう。なら、すぐには王国へ戻らないはず。仮に戻ったとしても、道中すれ違うのでは?」
「だといいわね」
状況はマリーゴールドに味方していた。
しかし、不思議と彼女は不安を覚える。
理由は解らない。考えても明確な答えを言葉にできなかった。
もしかするとまた兄に逃げられるかもしれない——という恐怖がある。
自分でも女々しいことだと解っているが、一度固まってしまった意識はなかなか消せない。
ぶんぶんとかぶりを振りながら再び視線を前方に戻す。
御者の男性の背中のさらに奥、わずかに覗く外壁を見つめながら、強く拳を握り締めた。
☆
少しして馬車が町に到着する。
国を跨ぐ国境線付近の町だけあって、意外と人が多かった。
逃げ出したあの男たちと同じ冒険者の姿も、町に入ってすぐ見かける。
「武器を持った人が多いわね」
「ここは国境付近ですからね。友好的な聖王国の傍とはいえ、いざとなったら戦争の最前線。みんな備えているのでしょう」
「あの男たちのことを思い出すからちょっと嫌ね」
「あはは。さすがにあんな犯罪者と同じ扱いをしたら他の人が可哀想ですよ」
「それもそうね。でも用心に越したことはないわ」
「マリー様の仰るとおりです」
ミラは口端を持ち上げてくすりと笑った。
二人はネファリアスがいなくなったあと、数ヶ月もの間、必死に魔物を狩ったり己の鍛錬に時間を費やした。
マリーは両親に。ミラはメイド仲間たちに「何をそこまで努力する必要があるんだ」と言われたが、鍛錬をやめることはなかった。
努力の理由はひとえにネファリアスに追いつきたかったから。
すでに殺人を経験し、たぐい稀なる才能を持っていたネファリアスに比べれば平凡もいいとこだが、二人は手を合わせて兄に追いつこうとしている。
結果としてネファリアスが望んだ展開ではないが、二人は諦めることはないだろう。
家も家族も友人たちも捨てて飛び出してきたんだ。
今更諦める道はない。
ゆえに、二人は自己防衛できるほどの力量がある。
昨日の夜、襲いかかろうとした冒険者たちを撃退したように、この町でもなんとかなるだろう。そういう意識があった。
「そもそも町中で襲ってくる人は少ないと思いますしね」
「襲ってきたら撃退してさっさと兵士に突きだしてやるわ」
「だんだんネファリアス様に似てきましたね、マリー様は」
「そ、そうかしら?」
ちょっと嬉しそうにマリーが頬を赤く染める。
ミラがジト目を作った。
「なぜ嬉しそうなんですか、マリー様」
「だってお兄様に似てるって言われたから……」
「ネファリアス様もそうですが、マリー様も恐ろしいくらいのブラコンですからねぇ。大変だ」
やれやれ、とミラは肩をすくめる。
その様子にマリーが頬を膨らませた。
「むぅ。何よその態度。いいから早く宿を取りに行くわよ! ついでにお兄様か聖王国の状況でも解るといいんだけど」
「聞き込みですね」
「ええ。情報は大事。お兄様を決して逃がさないように」
言いながらマリーは町の中央を目指して歩き始めた。
その瞳にはやはり兄ネファリアスのことしかない。
☆
「……ふぅ」
宿の一室に荷物を置いてマリーゴールドはベッドに身を投げた。
それを見たミラが、ため息を吐きながら指摘する。
「お行儀が悪いですよマリー様。旦那様が見たら泣きます」
「いいじゃない。ここにはミラしかいないんだから。たまには気楽に過ごさないとストレスが溜まっちゃう」
「マリー様は割と屋敷でも自由に過ごされていたと思いますが?」
「お兄様がいたからね。何をしても許されたもの!」
「ネファリアス様はマリー様を目に入れても痛くない、それどころか無理やりでも入れたいくらいに可愛がっていましたからね」
「そうそう。お兄様もきっと妹成分が足りなくて泣いてるはずよ! 休んで明日にはこの町を出ないと!」
「なんですか妹成分って」
「妹の全てが詰まった成分よ」
「……なるほど」
たまにミラはマリーが何を言いたいのか解らなくなる。
きっとネファリアスくらいだろう。彼女の言葉が通じるのは。
考えるのをやめて話題を変えた。
「ですが早く町を出るのには賛成ですね。どうやらこの町にはあまり情報がないようですし」
「みたいね。いろいろ聞いて回ってみたけど、誰も聖王国の内情は知らないようだし」
「いっそ、リスクはありますが冒険者ギルドに行ってみるのも悪くありませんね」
「冒険者ギルド? なぜ?」
「冒険者はいろいろな街に行きます。もしかすると、ここ最近で聖王国から移動してきた冒険者がいるかもしれません」
「あー……確かに。妙案ね! 疲れてるけど行ってみましょう」
「え? ほ、本当に行くんですか?」
ミラとしては冗談のつもりでもあった。
だが、マリーはどこか確信を持って口を開く。
「なんだか不思議と気になるのよ。女の勘かしらね」
———————————————————————
あとがき。
本当はまだ続きますが、そろそろ本編に戻ろうかな……
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