第221話 マリーゴールド珍道中?②

 夜。

 街に到着する前に野営することになったマリーゴールドたち。

 毛布に包まって荷台で睡眠を取る。


 そこへ、音を殺して忍び寄る気配があった。


 男性冒険者たちだ。

 彼らは前から護衛依頼を積極的に受けては、護衛対象が女性だった場合、盗賊の仕業に見せかけて襲うことが多々あった。


 今回はマリーゴールドという美少女がいて我慢できなかった。

 ぎしりと荷台がわずかに音を立てて軋む。


 直後、ぱちりとマリーゴールドたちは目を覚ました。


「するだろうなあ、とは思っていましたが……本当に馬鹿な人はどこにでもいますね」

「そうね。呆れて何も言えないわ」


 毛布を床に落とす。

 立ち上がった二人を見て男性冒険者たちの間に緊張が走った。


 基本的に奇襲とは失敗したらリスクを伴う。御者の男性を呼ばれる——とか。


 しかし、じりじりと下がる男性冒険者たちを見つめながらも、マリーゴールドとミラは一向に大きな声を上げようとはしなかった。

 軽蔑した眼差しだけが静かに男たちを捉える。


「て、てめぇら……起きてやがったのか」


 静寂に耐えきれなくなった先頭の男が、腰に下げた剣の柄に触れながら訊ねる。


「当たり前でしょ? あなたたちのような人間が近くにいたら眠れなくもなるわ」

「それにしてはずいぶんと余裕そうじゃねぇか。この状況が解ってるのか?」

「ええ。馬鹿な冒険者が護衛対象に撃退される。——それが一連の流れよ」

「はぁ? お前は俺らに勝てると思ってるのか?」


 あまりにも的外れなことを言ってて、訊ねた男は困惑してしまう。

 こんな対応をされたのは初めてだった。


 けれどマリーゴールドは口端を持ち上げて不敵に笑う。

 腰に手を当てると、さも当然のように言った。


「逆にあなたたち程度の雑魚に勝てないようなら、女だけの旅なんてしないわ。お兄様が怒るもの」

「はっ! なら教えてやるぜ。男の怖さってやつをな!」


 ばっと先頭に立った男が剣を抜く。

 後ろに並んだ仲間たちも同様に武器を構えた。


 その様子を眺めながらもマリーゴールドに動きはない。依然として腰に手を当てた状態で棒立ちしている。


 隣に並ぶミラも同じだ。警戒はしているが動く素振りは見られなかった。


 ——実はこいつら、武器にビビってるんじゃないか?


 ふと、マリーゴールドたちが動かないのをいいことに先頭の男はそう考える。

 気丈に振舞ってはいるが怖いものは怖い。その気持ちは冒険者活動を長らくしている男にもよく解った。


 思わずにやりと笑う。


「ひひ。安心しろ。女は殺さずに犯す。それが俺らの流儀だ」


 じりじりと再びマリーゴールドたちとの距離を詰めていく。

 後ろに並ぶ仲間たちも荷台に上がろうとした——その時。


 ようやくマリーゴールドが動く。


 ぶらりと垂れ下がっていた右手を前に突きだし、魔力を放出する。

 その魔力は、雷という現象へ変わった。


 ——バチバチバチバチッ!


 暗闇を切り裂くようなスパークが起こる。

 これぞマリーゴールドの力。攻撃に秀でた魔法系スキルだ。


「なっ⁉ そ、その力は……!」

「相手が悪かったわね。お兄様だったら苦しまずに殺してもらえたのに」


 男たちは一斉に荷台から降りた。

 逃げるように明後日の方向へ走っていく。


 その判断の早さには感服した。それだけ何度も犯行を繰り返しているという証拠だ。


 ゆっくりと荷台から降りたマリーゴールドは、なおも体の周りに青白い雷を放ちながら言った。




「よかった。あなたたちが生粋の愚か者で。馬車を壊すのは本意じゃなかったから」




 あのまま荷台の中でスキルを使い続けていれば、荷台そのものを相手ごと焼き尽くしていたかもしれない。

 最小限のダメージに抑えられたのは、ひとえに連中の愚かさゆえ。


 それに感謝しつつ、遠ざかっていく男たちの背中に向かって——マリーゴールドは雷を放った。

 凄まじい速度で閃光が奔る。


 逃げた男たちの人数分の爆音が響く。狙いは正確である。




「お疲れ様でした、マリー様。さすがですね」

「ありがとう、ミラ。お兄様のために努力した甲斐があったわ」


 マリーゴールドの周囲で帯電していた魔力が消失する。


 騒ぎを聞いて飛び起きた御者の男性が、周囲の焼け跡やいなくなった男性冒険者たちについてマリーに質問した。

 それに答えながら、内心でマリーゴールドは自分のスキルが想定どおり役立つことを再確認する。


 一時間後には準備を整えて急遽馬車が動き出す。

 やや暗い道をゆっくりと歩いていく。


 その荷台で、マリーゴールドは外を眺めながら呟いた。


「あぁ……早くお兄様に会いたいわ。会って、私のスキルを使って捕まえなきゃ。お兄様だって体が痺れたらろくに動けなくなるはず。あとは縛って縛って縛って捕まえて一生私のものに……」


 ふふ、ふふふ。


 薄暗い夜の中、馬が立てる足音とマリーゴールドの不気味な笑い声が森の中に響いた。


 今の彼女は普通じゃない。愛するネファリアスを失って精神に変化が訪れている。


 専属メイドのミラも同じだ。

 マリーとネファリアス。彼女が縋るかつての日常を取り戻すために全力を尽くそうとしていた。


「ごめんなさい、ネファリアス様。私とマリー様の平穏のために……!」


 犠牲になるであろう兄のことは、まあなんとかなるだろう。うん。

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