第220話 マリーゴールド珍道中?
かぽかぽ、と馬の足音が聞こえる。
現在、王都を出て聖王国方面へ向かう二人の女性がいた。
「ねぇ、ミラ」
「はい。どうかしましたか、マリー様」
話しかけたのはネファリアスの妹・マリーゴールド。
話しかけられたのはかつてネファリアスが助けた奴隷の子ミラ。
二人はネファリアスを探す旅に出ていた。
「どれくらいで聖王国に着くかしら」
「王国にある町を一つ越えれば聖王国領に入ります。そんなに時間はかからないと思いますよ」
「そう……じゃあ一泊したらもう聖王国かしら?」
「問題さえ起きなければ」
「問題?」
「旅には付きものの問題があります。たとえば盗賊とか」
「うっ……それは嫌ね」
マリーは顔を顰める。
思わず過去の記憶がフラッシュバックした。
それは、まだネファリアスがアリウム男爵領にいた頃の話。
王都へ向かうアリウス男爵一行は、途中で盗賊たちに襲われた。
ネファリアスが圧倒的な力で全ての盗賊たちを倒したからこそマリーは無事だったが、もしあの時、ネファリアスが負けるかいなかったらどうなっていたことか。
苦い記憶と言えるそれがマリーをわずかに苦しめた。
「馬車の周りには護衛を担当する冒険者がいますし、たとえ襲われてもよほどのことがないかぎりは平気ですよ」
「その冒険者たちもあんまり信用できないけどね」
そう言ったマリーがちらりと荷台の出入り口を見る。
そこから窺える冒険者たちの顔は、お世辞にもまともな人間には見えなかった。
外見で人を判断するのはよくない。そう教えを受けているが、マリーには一つの不安材料があった。
街を出る前のことだ。
顔合わせをした際に、護衛を担当する数名の男性冒険者からじろじろ舐めるように見られた。それも胸を。
マリーは決して大きくはないが小さくもない。ミラも同じくらい。
男性が女性のそういう面を見てしまうのは解るが、男たちはヘラヘラと笑いながらマリーたちを見つめていた。
それが未だに引っかかっている。
「マリー様が仰りたいことは解ります。私も彼らを信用はしてません。精々が肉壁ですね」
「肉壁って。ミラは意外と辛辣ね」
「アリウム男爵家の皆様以外には興味ありませんからっ」
胸を張って彼女はそう言った。
マリーがくすりと笑う。
「気持ちはよく解るけどメイドなんだから態度に出しちゃダメよ?」
「はあい。肝に免じておきます」
ミラが渋々といった風に頷くと、そのタイミングで馬車が停まった。
どうやら休憩と思われる。
▼△▼
馬車が停まった。
一度馬たちをゆっくり休ませる。
御者の男性が馬に餌をあげている最中、荷台から降りたマリーたちは固まって近くの樹の幹に背中を預けて座っていた。
そこに、件の男性冒険者たちがやってくる。
「なぁなぁ、姉ちゃんたち。二人は何しに聖王国のほうへ行くんだい」
「あなたたちには関係ありません。あまりお話できる内容でもないので」
「つれねぇなぁ。俺たちが守ってやるぜ?」
「護衛は馬車や荷台を守るため。私たちは自分の身くらい守れます」
男たちの質問やら下心丸出しの提案は全てミラが拒絶した。
うんともすんとも言わない態度に、徐々に男たちの雰囲気が悪くなる。
「チッ! メイドには聞いてねぇよ。お前は黙ってろ。俺たちはそこの金髪の姉ちゃんに——」
「あまり近づかないでもらえますか?」
男たちが一歩マリーに近づいた途端、先頭にいた男の首元にナイフが当てられる。
ミラだ。
彼女は鋭い視線を向ける。
「ま、マジか……お前、ただのメイドじゃねぇな?」
「お嬢様をお守りするには武術の心得くらいは必須ですよ」
「クソッ! 覚えとけよ……」
不穏な言葉を残して男たちは立ち去っていった。荷台のほうに戻る。
その姿を見送ってからミラは再びマリーの隣に座った。
「もう、ミラったらあんな脅しをしなくてもいいのに」
「ああいう馬鹿な手合いにはこちらの実力を示しておかないといけません」
「でもなんか言ってたわよ。覚えておけよって」
「ですね。最初から怪しい連中だとは思っていましたが、曲がりなりにも冒険者でしょうに……はぁ」
「今夜あたり仕掛けてくるかもね。やっちゃいましょうか」
「なんだかんだマリー様もやる気満々じゃないですか」
「ふふんっ。お兄様からの受け売りよ! マリーは可愛いからすぐ男に襲われたりするかもしれない。そんな時は相手を殺してでも身を守るようになって」
ドヤ顔でマリーが胸を張る。
実に殺意ばりばりの内容だった。
ミラはため息を吐く。
「ハァ。さすがネファリアス様。ブラコンここに極まれり、ですね。普通はそんなことしたらいけませんよ」
「でも相手は犯罪者みたいなものだからいいわよね?」
「うーん……殺さないように調整してください。森の中に放置するだけでも彼らにとっては命に関わります」
「え? それって殺すのと何が違うの?」
「私はマリー様に手を汚してほしくありませんから。あいつらがどうなろうと知ったことではありませんが」
「なるほどね」
くすりとマリーが笑う。
彼女はミラの心意気が素直に嬉しかった。
同時に、自分とよく似ているとも思った。
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