第218話 勇者と悪魔と聖女と

 キィィィンッ!


 鋭い一閃がドラゴンの翼を斬り飛ばした。

 赤色の竜は血を流しながら後ろに下がる。


「グルアアアア!」


 苦しそうなドラゴンの叫び声が響く。

 俺は剣を地面すれすれに下げながら肩をすくめた。


「はぁ。そろそろ終わりか? 時間ばっかりかけさせやがって」


 今のドラゴンは全身を切り裂かれて体力がほとんど残っていない。

 翼も斬られ、万が一にも飛べない。

 逃げ場もなくなり完全に詰みだ。


 俺の予想どおり、天剣スキルを使えばそう苦戦する相手じゃない。

 問題があるとしたら、周りへの被害。

 ドラゴンがめちゃくちゃにした、倒壊した建物が地面に転がっている。


「次で確実に殺して——ッ」


 剣を構えようとして、ぴたりと動きを止めた。


 最悪だ。

 できるだけ早く殺そうとしたのに、間に合わなかった。

 街の外から殺到してくる魔物の相手に追われるとばかり思っていたのに……。


 ちらりと背後を見る。

 その先に、一人の少年がいた。

 金色の髪の少年。傍には背丈の高い甲冑姿の女性騎士がいる。


 見慣れたその顔に、今度は盛大にため息を吐く。

 お互いの視線が交差し合い、呆れたような声をかける。


「おいおい……来るのがずいぶんと早いなあ」

「もの凄く大きな魔力とあんな叫び声を聞かされたらね。様子くらい見に行くよ」

「そこがよりにもよって王宮なら尚更ね」

「あっそ。俺は会いたくなかったよ。——イルゼ、エリカ」


 俺の眼前にかつての友がいた。


 勇者イルゼと騎士団長エリカ。

 二人はゆっくりと俺の傍に近づいてくる。


 その姿を捉えながら、後ろにも気を配った。

 まだドラゴンは倒れていない。


「僕は会いたかったよ。本当にタイミングがよかった。でも、そのドラゴンはどうしたの? ネファリアスくんがドラゴンを連れてくるとは思えないけど」

「あのクソ聖女……の仲間のせいだよ。信じられないと思うが、今の聖女の背後には悪魔がいるんだ」

「悪魔? それがドラゴンを連れてきたってこと?」

「ああ。好きなだけ疑っていいぞ。どちらにせよ、ドラゴンを殺して俺は逃げる。ちょっと行かなきゃいけない所があるんだ」

「行かせると思う? どんどん兵士たちがここに集まってくるよ」

「いろいろと聞きたいことがあるの。答えてくれないかしら、ネファリアス」


 武器を構える二人。

 その様子を見て、俺はある作戦を思いついた。


「無理だな。忙しい。見てのとおり、な」

「元聖女スカディたちが傍にいないことと何か関係が? 気配もまったくないように思えるけど」

「……まあね」


 さすがに鋭いな、イルゼは。

 周りに隠れられる場所がないのも関係してるだろうが。


「そういうわけだから許してくれ。イルゼ!」


 俺は言いながら地面を蹴った。

 ドラゴンを背にイルゼたちの下へ迫る。


 今はドラゴンは無視だ。あんな手負いの状態ではまともに戦えないだろう。

 そして、手負いのドラゴンなら勇者たちでも倒せる。

 そう考えた俺はドラゴンを彼らに押しつけて逃げようと考えた。


 勇者イルゼが俺の動きに合わせて剣を振る。

 その切っ先が俺に届く——前に、今度は跳躍した。


 イルゼを飛び越えてさらに先へ進む。


「まさか……逃げるつもりか!」


 イルゼはすぐに俺の作戦に気づく。

 エリカも横目でドラゴンを見ていた。


 だがもう遅い。


 俺が本気で逃げようと思えば、ステータスの差で二人は追ってこれない。

 何より、王宮にはまだドラゴンがいる。

 手負いとはいえ、片腕を失っているとはいえ、竜種は雑魚じゃない。

 勇者や騎士団長クラスの強者つわものでなきゃ討伐は不可能。


 民の安全を考える彼らなら、間違いなく俺よりドラゴンを優先するはずだ。


 卑怯だと怒ればいい。

 俺はどんな手を使ってでも必ずあの悪魔を殺し、偽物の聖女を捕まえる。

 この騒動に決着をつけるために。




 ▼△▼




 ネファリアスがスカディたちを追いかけている最中。

 スカディたちはピンチに陥っていた。


「あらあらまあまあ。不思議な気配を感じると思ったら、あなたたちが追ってきていたのね。いつまでもあの鳥に気づかないとでも?」

「くッ!」


 スカディたちの目の前には悪魔と偽物の聖女がいた。


 見つかってしまったのだ。


 立ちはだかった二人の敵。

 偽物の聖女は魔眼にさえ注意すれば問題ない。

 厄介なのは明らかに格上の悪魔。


 悪魔自身も自分のほうが強いことを理解しているのか、それでも油断なくスカディたちとの距離を詰めた。

 目の前に悪魔が迫る。


「守ってください、皆さん!」

「グルルルッ!」

「ワンワン!」

「グオオオオ!」


 スカディの願いに応えるように、複数の動物たちが悪魔に挑む。

 悪魔は拳に魔力を溜めると、それを鞭のように伸ばして攻撃した。

 スカディの仲間たちが吹き飛ばされてしまう。


「あははは! 聖女の力はこんなものなの? 所詮は地位を追われた負け犬ね!」


 彼女の振るう鞭がスカディにまで襲いかかる。

 それをギリギリで彼女は回避した。


「負けません! あなたを倒し、必ず私は……!」


 さらに周囲から複数の動物が集まってくる。

 その数は少しだけ悪魔を緊張させるほどだった。

 一体一体にしっかりと魔力が籠められている。


「ふん。逆に、私はあなたを捕まえれば任務達成。あの街も滅ぼせるし、わざわざご苦労なことね。ネファリアスから離れるなんて!」


 鞭を構える悪魔。

 スカディ自身も前に出た。

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