第216話 ドラゴン

「貴様ら! 聖女様のいる離宮に足を踏み入れるとは何事だ!」

「ここで首を刎ね、門前に晒し上げてやる!」


 薄暗い廊下を走る俺たちの前に、複数の騎士たちが現れた。

 できるかぎり人のいない道を通ってきたつもりだったが、いずれはバレる。

 剣を構える彼らに、同様に俺も剣を抜いた。


「悪いが、押し通る!」


 三人いるうちの一人が、まず腕を斬り飛ばされた。

 もう一人は鎧ごと腹部を斬り裂き。

 最後の一人は、脚を斬られて体勢を崩す。


 恐らくこのまま放置していたら出血多量で死ぬだろう。

 だが、俺は倒れる彼らに見向きもせず、そのまま長い廊下を抜けていった。


 スカディたちも何も言わない。

 響き渡る絶叫に耳を塞ぎ、ただひたすらに前を見た。


 そのおかげもあってか、騎士たちを無視して最後の部屋に辿り着く。




 ▼△▼




 ぎぃ、という音を立てて扉が開いた。

 中には、悠然と椅子に座った聖女がいる。


「こんにちは。今日はいい日ね」


 ティーカップを片手に偽物の聖女は言う。

 室内を足を踏み入れた俺たちは、彼女を睨んだ。


「何もよくねぇよ。お前のせいで聖王国はめちゃくちゃだ」

「あら、おかしなことを。聖王国に問題を運んできたのはあなたたちじゃない」

「外のモンスターもお前の仕業だな?」

「もう……話に付き合う気もないって感じね。酷いわ。私はあなたのことを待っていたのに」

「待ってた?」

「ええ。最後にあなたに聞きたいことがあるの」


 聖女はティーカップをテーブルに置いた。

 椅子から立ち上がる。


 くるりと視線をこちらに向けて、妖艶に微笑む。


「ネファリアス。私の部下に——いえ、伴侶になりなさい」

「断る」

「即答ね。泣きそうだわ。あなただけでも生かして、私はずっと一緒にいたいっていうのに」

「お前といる理由がない。全ての罪を認めてくれるなら活かしてやってもいいが」

「それは無理よ。証拠が無いし、何より聖女じゃないってバレたら私は処刑される。そんなの嫌」

「だったらお前を捕まえて終わりだ。どちらにせよ、な」

「ふふ。無理無理。私がなんの準備もなくあなたの前に立ったと思う? ちゃぁんと準備してきたわよ」

「なに?」

「正確には、準備したのは私だけどね」


 新たな声が部屋の中に響いた。

 奥から悪魔の女性が姿を見せる。

 その傍らに、巨大な生き物がいた。


 あれは……。


「ど、ドラ……ゴン?」


 俺の隣で、スカディが呟く。声が震えていた。

 無理もない。彼女の言うとおり、悪魔の隣にいるのは正真正銘の竜種。


 この世界でも最強クラスのモンスターだ。


「正解。あなたたちのために特別に借りたの。凄いでしょ? こんな生き物、私だってそうそうお目にかかれない」

「ドラゴンにしては小さいな。本当に竜か?」

「竜には違いないわ。確かに、成体ではないけどね」

「子供かよ」

「小さくても強いわよ? それが解らないあなたじゃないでしょ?」


 女の言葉は正しい。


 竜種は俺がこれまで戦ってきた全てのモンスターを遥かに凌駕する。

 恐らくあの竜は、成体ですらないのに悪魔より強いはずだ。


 少しだけ、討伐するのに骨が折れるな。


「関係ないな。誰が相手だろうと俺の道の邪魔をする奴は殺す。まとめてたたっ斬ってやるよ」


 剣の切っ先を竜に向ける。

 偽物の聖女は窓辺に立ち、傍には悪魔が近寄った。


 逃げるつもりかと床を蹴り上げる。先に悪魔を無力化しようとしたが、その前にドラゴンが突っ込んできた。


 お互いに衝突し合い、離宮が吹き飛ぶ。




 ▼△▼




「くそっ!」


 土煙の中、俺は立ち上がった。

 いまの攻撃は無事ガードできたが、聖女たちを逃がしてしまった。


 ここにきてさらに逃げるとは。どこまでも卑怯な連中だ。


「ネファリアス様! ネファリアス様はそのままドラゴンを討伐してください! 私たちが悪魔を追います!」

「スカディ? なにを……」


 声のしたほうへ視線を向けるが、煙が邪魔で彼女たちの姿は見えなかった。


 止めるべきか? いや、追跡能力は俺よりスカディたちのほうが上だ。

 彼女たちなら魔眼にも対処できるだろうし、何より、目の前のドラゴンを誰かが止めないといけない。


 俺がこいつを倒し、そのあとでスカディたちを追いかければ——なんとかなるか。

 

 不安を感じながらも、遠ざかっていくスカディたちの気配に言葉をかけなかった。

 正面を向き、剣を構える。


 すると、煙の中からドラゴンが姿を見せた。


「ぐるるるっ!」

「やる気満々だな、おい。こちとら予定がこみこみなんだ。さっさと終わらせるぞ?」

「ガアアアアア‼」


 竜が吠え、同時に俺は地面を蹴った。

 炎と刃が交差する。


 周囲の全てを吹き飛ばし、俺の最大の戦いが始まる。


 内心で、どうかスカディたちの無事を祈った。

 全員が無事であればどうとでもなる。それをみんなが忘れていないことを——願う。


 そもそも、自分だって余裕はないが。


———————————

あとがき。


新作二つ、面白いよ!よかったら見てね!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る