第211話 動乱
対峙していた悪魔二人が、いきなり逃亡した。
明後日の方角を目指して飛んでいく。
本当に飛行してるような速度だった。油断してると追いつけなくなる。
そう判断した俺は、全力で地面を蹴り上げて加速した。
悪魔たちより俺の身体能力のほうが高い。
周りが壁や建物に囲まれている路地裏だったことが幸いした。地形を利用し、逃げる悪魔たちの前方へ回り込む。
「くっ! ダメか!」
「ダメダメだね。逃がすと思ったか?」
お前らの遺体は今後利用価値がある。そんな貴重なアイテムを俺が見逃すはずがない。
剣を構え、同じように武器を振ろうとした悪魔の一人を、スキル『天剣』で攻撃する。
空中で、下向きのまま剣を薙ぐ。
俺の刃は防御しようとした相手の武器ごと悪魔の首を切断する。
鮮血が飛び散り、隣に並んでいた最後の悪魔が恐怖を顔色に浮かべた。
もう逃げられない。
それを悟った悪魔が、全力で俺を攻撃し——。
「——はい、終わりと」
体勢を整えた俺の二撃目を受けて、完全に絶命する。
深々と心臓に突き刺さった剣を引き抜く。手に伝わる気持ちの悪い感覚には、あまり慣れそうになかった。
それでも地面に落下する悪魔を、平然と着地してから見下ろす。
「残念だったな。お前たちは、俺に歯向かった時点でこうなる運命だったんだよ」
だから恨むなら、協力を要請したあの女性悪魔を恨んでくれ。
「ネファリアス様! ご無事ですか⁉」
たったったっ、と俺の傍に駆け寄って来るのは、戦闘に参加しなかった三人の女性たち。
その先頭、元聖女スカディがべたべた俺の体を触ってくる。
「だ、大丈夫だよ。どこからどう見ても無傷だろ?」
「毒を吸ったりしてたじゃないですか!」
「前から毒には強いから平気さ。ほら、このとおりピンピンしてる」
「それでも心配するのが仲間ってものよ、ネファリアス様」
スカディの後ろに並ぶ黒髪の少女クロエが、はぁ、とため息を漏らして言った。
彼女もまた俺のことを心配してくれたのかな?
「クロエの言うとおりですよー! 私も毒を自分から喰らいに行った時はびっくりしました」
「ごめんごめん、リーリエ。みんなには前に伝えたと思ってたけど、言い忘れてたっけ?」
「いえ、精神攻撃への耐性があるとは聞いてましたから、毒もおそらく問題ないとは思ってました」
「なのに心配したの?」
「します。耐性はあくまで耐性。無効化じゃないんですよ」
「うっ……それは、すみません」
確かにスカディは正しい。俺はがくっと肩を落として謝った。
すると、彼女はくすりと笑う。
ようやく周囲の空気が弛緩した。
「解ってくれればいいです。……それで、このあとはどうしますか?」
ちらりと近くに転がる悪魔たちの死体をスカディが見下ろした。
俺も彼女の視線を追う。
「そうだね。ひとまず偽物の聖女はどこに逃げたのかな?」
「王宮です。ネファリアス様の予想どおり、自分が元々いた離宮にいますね」
「やっぱりか。だとしたら、次の戦場は王宮ってことになる。普通に国家転覆罪だね」
「うわぁ、重罪だあ」
リーリエがあわあわと顔をわずかに青くする。
クロエが神妙な顔で続けた。
「捕まれば確実に処刑されるわね。スカディには処刑されるだけの理由があり、私たちも共犯だけじゃなくなる」
「ただのテロリスト、か。まあいいじゃん」
「え?」
クロエが俺の言葉に首を傾げる。
何を言ってるの? と彼女の瞳は如実に語っていた。
「いまさら処刑が怖い奴はいないだろ? ここまで来たらとことんやろう。それに、偽物の聖女の正体さえ暴ければ、洗脳されてるであろう聖王を救って英雄にもなれる」
「確かに!」
びしりと手を上げてリーリエはやる気を見せた。
クロエやスカディも表情が明るくなる。
少しは前向きになったかな?
「そうですね。後ろ向きに考えるのはよくありません。ただ成功だけをイメージしましょう!」
「おー! じゃあこの悪魔たちの死体をぱぱっと隠して、それから王宮に行こうか。向こうは警備が厳重だろうし、そろそろいいかもね」
「いい?」
スカディのまん丸な瞳が俺を捉える。
にやりと笑って頷いた。
「ああ。スカディの動物たちも呼ぼう」
▼△▼
聖王国、首都。王宮の一角にある離宮内部。
明かりの少ない薄暗い部屋の中にて、髪を振り乱しながら怒りを露わにする女性がいる。
偽物の聖女だ。
彼女は、傍にいる悪魔に言った。
「もうダメよ。ちんたらしてたらネファリアスがここに来るわ! きっと来る。だから計画を早めるしかない!」
しばらく経っても帰ってこない他の悪魔たち。彼らが討伐されたと悟った彼女の恐怖に、悪魔の女性な賛成を示した。
「そうね。一応、魔物は近くに待機させているわ。洗脳の数が少ないけど、一通りの強者は除外できるし平気かしら」
そう言って悪魔の女性は偽物の聖女を抱き上げる。
「ちょっともったないけど、この国には——滅んでもらいましょう」
———————————
あとがき。
『冤罪で追放された元悪役貴族は、魔法で前世の家電を再現してみた~天才付与師はスローライフを所望する~』
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