第212話 終わりの直前

 偽物の聖女の目の前に、複数の男性たちが並ぶ。


 彼らの瞳はどこか虚ろで、光がない。


 それは、偽物の聖女が悪魔との契約で手に入れたスキルによるもの。


 すなわち、洗脳系のスキルによって操られている状態を示していた。




「さぁて、あなたたち。私が命じたとおりに兵士たちを呼んできたわね?」


「はい……こちらに」


 感情の籠っていない声が聞こえ、次いで、後ろに備え付けられた扉が開く。外から十名以上もの兵士たちが姿を見せた。


「こ、これは聖女様! お初にお目にかかります!」


「うわぁ! 本物の聖女様だ!」


「あれ? 聖女様っていまはお披露目をしてるんじゃ……」


「確か、問題があって中断されたんじゃなかったか?」


「へぇ」


 ざわざわと偽物の聖女を前にした兵士たちが、驚いたり喜んだりと様々な表情、反応を見せる。


 それを確認して、椅子に座った彼女はゆっくりと立ち上がった。


 にたぁ、と口角を持ち上げて彼らに告げる。


「ここまでご苦労様でした。いま、聖王国の外壁を守る兵士たちは別の者に変わっていますね?」


「え? あ、はい。何分急な話だったので、新兵が大半かと。早く戻れれば幸いです」


「もちろんすぐに帰して差し上げますよ。あなた方にしたいのは——洗脳だけですし」


 最後のほうは小さくぼそりと呟いて、彼女は兵士たちの傍に近づいていった。


 薄暗闇の中、どこか不気味な聖女の姿が映し出される。


 集められた兵士たちはベテランの者ばかり。漂ってくる空気にごくりと生唾を呑み込んだ。


 わずかな違和感。しかし、偽物でも聖女を前にして彼らにできることはなかった。


 ジッと彼女の顔を見つめ、やがて、聖女の瞳が赤く光る。




 ——光った⁉




 そう思った時には、耐性のない彼らにはどうしようもない。


 洗脳が完了する。


「さあ、答えなさい。私の命令は絶対ね?」


「は、い……」


「なんなり、と……お申し付け、ください」


「ふふ。上出来ね。やっぱり耐性系のスキルを持ってる奴なんてほとんどいない。これなら外壁の守りも手薄になるし、外からモンスターを呼び出せるわ」


「——どうやら終わったようね」


「あら、帰ったの」


 後ろから声が聞こえた。女性の声だ。


 偽物の聖女が踵を返して背後を見ると、暗闇から一人の女性が姿を現す。


 黒い装いに、黒い肌の女性。悪魔だ。


 彼女はくすくすと笑って言った。


「これでこの国の守りは落ちたも同然。あとは適当に外に待機させているモンスターたちを呼び寄せれば、この国は終わりね」


「本当に攻め滅ぼせるの? ここには勇者や騎士団長、ネファリアスまでいるのよ?」


「問題ないわ。勇者たちの実力はそこまで高くない。それに、こんなこともあろうかと用意していたモンスターがいるの。そいつ、借り物だから私でも勝てないしね」


「はぁ? そんな化け物を出して攻撃されたらどうするのよ! 私、まだ生きて他にやることあるんだけど?」


「解ってるわ。あなたにはまだ利用価値があるし、ちゃんと助けてあげる。私たちの目標はこの国をめちゃくちゃにして生き延びること。それさえ叶えば、あとはどうとでもなるわ」


「……それもそうね。せっかくの機会だし、聖女としての人生も悪くなかったけど」


 偽物の聖女は鏡に映った自らの姿を見る。


 白を基調とした法衣をまとい、豪華な被り物まで持っていた。


 かつての自分では絶対に望めぬ物ばかり。それを捨て去り、また一から自分の居城を築く。


 もったいないとは思っても、リスクには変えられない。


 そう切り捨て、彼女は鏡から視線を逸らした。


「それじゃあ、私は最後の仕上げ——聖王やその側近にでも命令を下しに行こうかしら。兵士を出して、住民たちを拘束しろとでもね」


「ふふ。それがいいわ。内外問わず混乱が生じれば、どんな強者も対応に終われる。混沌こそが、一番のスパイスなの」


 悪魔の女性は高らかに笑う。


 この国の終焉をその目に焼き付けられることが嬉しくてたまらない。


 片や偽物の聖女は、集まった兵士たちを下げ、身嗜みを整えてから離宮を出た。


 最後の戦いが始まろうとしている。




 ▼△▼




 聖王国首都。王宮から離れた東の果て。外壁のギリギリに俺たちはいた。


「どう、スカディ。集まってきた?」


 隣に並ぶスカディに声をかけると、彼女は閉じていた瞳を開けて頷く。


「はい。元から私と動物たちはどれだけ離れていても繋がっています。簡単な命令ならできますし、徐々にこちらに集まっていますよ」


「それは上々。じゃあ全員集まったら、俺が外壁を上って彼らを連れてくる。あとは——反逆といこうか」


「了解です!」


 スカディもクロエもリーリエも覚悟を決める。


 俺は彼女たちを助けるためならなんでもやろう。その先に、望む未来が待っていないとしても。

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