第207話 お披露目

 わあああぁぁぁ!




 賑やかな外の景色を眺めながら通りを歩く。


 俺たちはいま、新たな聖女のお披露目に合わせてポジションの確認を行っていた。


 あと数時間もすれば、馬車に乗った聖女がやって来る。


 それに合わせて上手く襲撃できる位置が大事だ。


「凄い人ですね。前に見た時はこんな人はいなかったのに」


「スカディの聖女お披露目はどうだったの? やったんでしょ?」


「はい。私は三年ほど前に。その時はいまより人が多かった気がしますね」


「当然ね。あの時は誰もスカディを偽物の聖女と呼んでいなかったし、スカディは神託を受けていた。まぎれもない聖女の証を持っていたもの」


 スカディの肯定を隣に並んだクロエが拾う。


 リーリエもしきりにうんうん頷いていた。


「懐かしいねぇ。聖女様の傍付きとして、私もクロエも参加しましたよ。多くの人から祝福されたあの光景が、もう一度見たいです」


「そうだね。もう一度見るために、今回は確実に襲撃を成功させなくちゃいけない。その点、人が多いのはプラスだ。まぎれやすい」


「でも、どういうことかしら? みんなスカディを支持していたくせに、意外とこういう場には顔を出すのね」


 クロエが不満そうな声でそう漏らした。


「しょうがないさ。人間の心理はそう単純じゃない。新たな聖女を認められない、見たくもないって人はごく少数。大半の人間が、これからの動きを受け入れる。内側でどれだけ反発しようと、そういう人が集まって生まれるのが——集団による圧力。どうしようもないな」


「集団による圧力……ネファリアス様は詳しいの? 心理学とか」


「全然。ただ、昔から人が集まると多数の意見が優先されてきただろ? それだけさ」


 俺は人の心にはむしろ疎い。この状況に不満を抱くクロエの気持ちはよく分かる。


 だが、そんな些細なことは無視すればいい。


 あの偽物聖女さえ倒せれば、それだけで俺たちの勝ちになる。


 加えて向こうはただ俺たちを警戒することしかできないが、俺たちは失敗しても何度でも逃げ延びられればチャンスがある。


 だから細かいことは気にしない。いまは目の前の目標にだけ集中する。


「多数の意見が優先される……まさに真理ですね、ネファリアス様」


 スカディはいまの自分の状況を照らし合わせ、俺の言葉に同意を示した。


 その表情と声色が暗いのは気のせいじゃない。


「だからこそ、今回のお披露目は確実に妨害しないといけない、と」


「ああ。あの女の魔眼がどんな能力かは知らないが、洗脳された住民たちをこの手で斬り殺したくはないだろ? 洗脳だけは絶対に阻止しなくちゃいけない」


 俺たちの最大の目標は、洗脳の阻止。その次が聖女の正体を暴くことだ。


「分かっています。関係ない彼らの日常が脅かされるのだけは許せません!! 必ず、阻止します!」


 ぐっと拳を握り締めたスカディ。上空を飛ぶ鳥たちが、徐々に忙しない動きを見せていく。


「ッ。そろそろ王宮の外に聖女が出てくるようですよ、ネファリアス様」


「そっか。なるべく通りの前に出てきたけど、準備は万端かな?」


「私は問題ありません」


「いけます」


「大丈夫でーす!」


 スカディ、クロエ、リーリエともにOKサインを出す。


 それを確認すると、俺は懐に隠した剣の柄に触れる。


 作戦開始の鐘の音が鳴った。お披露目が始まる。




 ▼△▼




「あぁ……素晴らしいわ」


 王宮の外。通りを移動し始めた馬車の中、外を眺めながら偽物聖女は口角を上げる。


 自分が待ち望んだ光景を見て、笑みが止まらない。


「やっと私は認められる。この世界の聖女になれる。中央広場に到着し、多くの人間を魔眼で洗脳すれば、誰も私のことを疑わない。疑えない」


 いまごろ、聖王国の首都、中央広場には多くの住民が押し寄せているはず。


 そこで聖女は住民たちに挨拶し、その後、また馬車に乗って移動する。


 偽物聖女の計画では、その中央広場にて魔眼を発動する。多くの人間を洗脳したあと、最後の仕上げで、馬車から通りを歩く人たちに魔眼をかけていく。


 それで大半の人間を完璧に操ることができる。


 半数を超える住民を洗脳さえすれば、多くの味方を付けた偽物聖女こそが本物である——という認識を徐々に植え付けられるため、聖女はほとんど勝ちを確信していた。


「問題があるとしたら……ネファリアスくらいね」


 最大の不確定因子、ネファリアス。


 悪魔や勇者よりも強い最強の敵。彼を打ち破ることさえできれば、偽物聖女は勝利できる。


 同時に、今回の機会を狙って襲撃をかけてくるはずだと悪魔の女性に注意を受けていた。


 用心に用心を重ね、いろいろな準備を行ってきた。


 馬車を守るのは勇者と騎士団、それに異端審問官たち精鋭。


 これだけの守りがあれば、自分が魔眼をかけるくらいの時間は稼げると彼女は思っている。


 内心で高らかに笑い、できればネファリアスを捕らえられることを祈った。


 彼はいまの聖女のお気に入り。なんとしてでも手に入れたい駒だった。




 そして、その時はやってくる。


 通りの奥から、徐々に煙が発生していった。

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