第206話 悪役らしく?

「……今日は外が賑やかだな」


 宿の一室にて、窓の外を眺めながら呟く。


 その言葉を拾ったのは、俺の後ろに並んだ亜麻色髪の少女だった。


「新たな聖女がお披露目される記念すべき日ですからね。大半の方が納得していなくても、この日を終えれば正式にあの女性が聖女となります。一種のお祭りのようなもの」


「スカディを犯罪者にしておいてお祭りだなんて……納得できないなぁ」


 彼女の反応にむすっとした表情で答えるのは、偽りの聖女と呼ばれるスカディの親友リーリエだ。


 小動物みたいな顔がより可愛くなっている。


「でも聖女が表に出てくる絶好のチャンス。私たちにとってはね」


「分かってるよぉ、クロエ」


 三人の女性の中でもっとものクールなクロエがそう言うと、不満ながらもリーリエは納得せざるを得ない。


  この件は何日も前から話し合っていたことだから。


「なに、彼女が聖女と呼ばれようと関係無いさ。俺たちがその座から引きずり降ろせばいい。本物の聖女は誰か、それを今日、証明するんだ」


「ネファリアス様の言う通りですね。私はもう覚悟ができていますよ、リーリエ」


「それを言うなら私もだよ! みんなのために命を懸けるもん!」


「別に命を懸ける必要は無いってネファリアス様が言ってたでしょ。無駄に緊張するくらいなら、失敗してもいいや——くらいの気持ちでいきましょう」


「そうそう。クロエが言ったように、今回の作戦が失敗しても平気だよ。俺が世界の果てまで連れて行ってあげるし、守ってあげる。みんなでひっそり田舎にでも暮らそう」


「それを悪いことじゃない、と思うあたり、すっかり私たちも変わったものね」


 くすりとクロエが笑う。


 遅れてスカディとリーリエも笑みを作った。


「そうですね。私もネファリアス様やリーリエ、クロエがいてくれるなら、そういう生活も悪くないと思うわ。ね、ネファリアス様とずっと一緒だと、安心するし……」


「あはは。なら、ネファリアス様は私たちと結婚するのかな?」


「結婚?」


 俺が首を傾げると、リーリエはこくりと頷いた。


「だってずっと一緒なんでしょ? 恥ずかしいけど、そうなると自然と結婚するものじゃない? ずっと一緒だもん」


「そういうものなのかな?」


「そういうものですよきっと!」


 リーリエは断言する。


 しかし、俺には漠然とした未来にしか思えなかった。


 元悪役……いや、現悪役が元聖女と結婚か。ずいぶん遠くにきたものだな。


 少し前の自分に話しても信じてもらえそうにない。


 だが、


「そっか。それも悪くないね」


 本当に、心の底から悪くないと思った。


「ね、ネファリアス様と……けけけ、結婚⁉」


 スカディが分かりやすく動揺する。顔が真っ赤だった。


「あくまでリーリエの冗談だよ。まあ、責任を取るって意味じゃ結婚するようなものだけど」


「ぴえっ」


「ぴえ?」


 なんとも可愛らしい高音がスカディの口から漏れた。そして、スカディは頭から煙を出すとよろよろ後ろに下がってベッドに倒れる。


「す、スカディ?」


「大丈夫ですよ~。ネファリアス様。いま、スカディは興奮しすぎて倒れちゃっただけだから」


「それ大丈夫なの?」


「うん。少しすれば復活すると思う」


「まったく……スカディは初心ね。結婚するかもしれないってだけなのに、あんな風に顔を真っ赤にして」


「そういうクロエも顔赤いよ?」


「ッ! う、うるさい! 夕陽のせいよ!」


「いま早朝なんだけど?」


 ぷいっと顔を逸らしたクロエ。


 確かにリーリエの言う通り、クロエの顔は赤かった。顔を逸らしても耳で分かるくらいには。


 だが、それ以上は何も答えない。彼女は沈黙を守っている。


「クロエだって照れてるじゃーん」


「はいはい。あんまりからかっちゃダメだよ。クロエが怒ると怖いのは、リーリエがよく知ってるだろう?」


「はーい。それじゃあ、改めて作戦に関して話し合おうか。最後までしっかり確認しないとね」


「そうだね」


 リーリエ自身が乱した空気を、リーリエが元に戻す。


 ぴくりと肩を震わせ、クロエも視線を戻した。


 スカディはまだ顔が赤かったが、話は聞くらしい。上体を起こして座り直す。


「まず、第一目標は悪魔だ。偽物聖女の裏にいる悪魔を誘き出すために、俺が派手に暴れる。あの偽物聖女を捕まえようとするか殺そうとすれば、手を貸さざるを得ないだろう」


「見逃した場合は?」


「変更無し。とりあえず聖女がいなくなる分には問題無い。人気の少ないところに行き、魔族が介入してくるのを待つか、——事前に盗んでおいたこのアイテムを使う」


 すっと懐から小さな白い水晶玉を取り出す。


 これは先日神殿に行って強奪した特殊なアイテムだ。


 悪魔みたいな邪悪な存在によく効く。普通の人間ならあんまり意味のない道具だが、俺くらい魔力があれば悪魔の正体を明かす一石になるだろう。


「ではあとのプランにも変更は無いですね」


「ああ。有利なのは多くの手が取れるこちら側だ。目いっぱい——暴れてやろうじゃないか」


 にやりと俺は笑う。


 たまには悪役になるのも悪くないな。

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