第205話 怪しい話

 第三騎士団の宿舎を出て、街中に繰り出したマリーゴールドとミラ。


 二人は、通りを歩きながら会話を交わす。


「どうしてお兄様は聖王国に行ってるのかしら?」


「さぁ……理由までは聞けませんでしたからね。恐らく、極秘の任務か何かでしょうか?」


「うーん……とりあえず聖王国に関していろいろと訊いてみる? もしかしたら、面白い話が聞けるかもしれないわ」


「そうですね。一歩ずつでもネファリアス様を追いかけて行きましょう。きっとすぐに再会できますよ」


「ええ」


 このあとの予定が決まった。


 マリーゴールドが代表して近くを歩く人たちに話を訊く。


 すると、衝撃的な情報がもたらされた。




「せ、聖王国の聖女が……偽物だった!?」


 なまじ王国でも田舎の方に領地を構えるアリウム男爵家の令嬢だったマリーゴールドは、スカディの話をそこで初めて知る。


 聖女の件を教えた老人は、自慢の髭を撫でながら頷いた。


「うむ。どうやらいまは他の者が聖女の地位に就いているようじゃな。真偽は定かではないが」


「あ、ありがとうございます……」


 老人にお礼を言って別れる。


 そのまま路地裏近くの壁際に背中を預けると、傍にいるメイドのミラへ声をかけた。


「ミラはどう思う? さっきの話」


「どう……とは、聖女の件にネファリアス様が関わっていると?」


「私はそう思ってる。タイミングが良すぎるし、騎士たちが話を隠したわけもそこにあるんじゃない?」


「ネファリアス様と元聖女にどんな関係が……」


「そこまでは分からない。けど、直感的に怪しいと感じるわ。お兄様ならこんな状況でどんな行動に出る?」


 口元に指を当てて、マリーゴールドは思考を巡らせた。


 メイドのミラはその様子を眺める。彼女もまた、脳裏ではネファリアスと聖女の繋がりを探した。


「お兄様なら……たとえば、その元聖女が冤罪を着せられていたら?」


「冤罪……ですか?」


「そう。聖女は生まれる際に神託を授かるはず。前の聖女が偽物である可能性はかぎりなく低い。だから、実は前の聖女が本物で、それを知ったお兄様が聖女たちに手を貸してるとか」


「さすがに突拍子も無い話かと」


「でしょうね。自分で言っててあんまり信じられないわ。でも、仮にそれが正解だとしたら、いろいろ理由がつく」


「理由?」


「騎士団は聖王国に向かってるのに、なぜかお兄様の情報だけ教えてくれなかった。あの騎士も表情が曇っていたし。普通、ただ聖王国に行くだけで隠す内容なんて無いでしょ?」


「確かに……」


「そこで行き着くのが、お兄様だけ第三騎士団とは別行動を取ってる場合。それなら騎士団のメンバー全員と同じ括りにされなかった理由にもなるし、お兄様の話を聞かせてもらえなかった理由にもなる。タイミング的に怪しすぎるもの」


 どう考えても先ほどの騎士の様子はおかしかった。


 ただ隠しているだけには見えず、かといってギリギリ情報をもたらす用心さ。そこから導き出される答えは、——ネファリアスの離反。


 もし元聖女側に力を貸しているのなら、いまの騎士団とは敵対してる状況だ。


 裏切り者。そう考えると、あの騎士の様子もこれまでの情報の少なさも理解できる。


「だとしたら……マリー様はこの件に関わるべきではないと具申します」


 真面目な顔でメイドのミラがそう告げる。


 マリーゴールドはにまっと笑った。


「分かってる。あなたが言いたいことは。私まで首を突っ込めば、お兄様の邪魔になるし、実家への迷惑にもなる」


「はい。きっとネファリアス様はそれを望まないでしょうね」


「下手をするとお兄様の足を引っ張るだけ……それでも、この目でお兄様を見ないと気が済まないの」


「……そう言うと思ってました」


 やれやれ、とミラは肩を竦める。


 それなりに長い時間一緒に行動を共にしてきた二人は、お互いの性格を掴んでいる。


 変なところで頑固な一面を見せるマリーゴールドが、ここで退くとは思っていなかった。


 ミラとて、ネファリアスには会いたい。


 ため息を漏らしながらも、彼女は笑った。


「では……行きますか? 聖王国に」


「行くわ。たとえお兄様に手を貸すことができなくても、何かしら会話をする時間はあるかもしれない。少しでも話せればいまはいいの。だから、行きましょう。聖王国の首都——ルミナスへ」


 ぐっと握り締めた拳が握力によって白く染まる。


 マリーゴールドの瞳には、強い覚悟の炎が宿っていた。


 ミラも同じく、空を見上げた状態で覚悟を決める。


「では馬車の乗り合い所で早速、聖王国行きの席を予約しましょう」


「ここから聖王国までどれくらいかかるのかしら」


「うーん……だいたい数日ってところでしょうかね」


「長いわね。その間に騒動が決着しないことを祈るわ」


「あはは。さすがに数日で聖女の問題が片付くとは思えませんよ」


「それもそうね。今日のところは宿に泊まりましょうか」


「はい」


 歩き出したマリーゴールドをミラが追う。


 二人の運命は、やがてネファリアスと交差するのか。


 それはまだ、誰も知らない。

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