第203話 企む者、追う者
「……ねぇ、悪魔さん」
破壊された離宮の一角で、彼女は暗闇に話しかける。
すると、少しして影から一人の女性が姿を見せた。
全身真っ黒の悪魔だ。
彼女に、偽物聖女は話しかける。
すでにこの場には二人以外には誰もいない。
「何かしら」
「あのネファリアスという剣士、どうするの?」
「どうする?」
「彼を倒さないと聖女を捕まえることができないわ。生かすにしろ殺すにしろね」
「確かにそうね。でも無理よ。彼の力量はあなたも目にしたでしょ? あの勇者と騎士団の団長、それに複数の聖騎士と異端審問官を相手にたった一人で圧倒したのよ? 普通に考えて私が挑んだところで負けるのは目に見えているわ」
「使えないわね……それじゃあまずいじゃない。彼がいるかぎり、私は身の危険を感じ続けろって言うの?」
偽物聖女の表情にわずかな焦りと怒りの感情が現れる。
悪魔のことだから何かしら策があるかと思っていたが、口ぶりがあまりにも無責任で苛立ってしまう。
しかし、悪魔の女性は首を左右に振った。
「そんなこと言ってないわ。策が無いわけじゃない」
「どんな策よ」
「簡単なこと。ネファリアスという剣士が恐ろしく強いなら、彼がスカディの傍にいなければいいの」
「はぁ? 常に張り付いてるに決まってるでしょ? 特にこの街にいる間は油断できないだろうし、一度は見つかってる。厳しい捜索の手から逃れるために、きっと離れたりしないわ」
「でしょうね」
「何が言いたいのよ!」
要領を得ない悪魔の言葉に、とうとう声を荒げる。
悪魔の女性は冷静な表情のまま続けた。
「普通に考えて、ネファリアスをスカディの傍から遠ざけることは難しいわ。でも、難しいだけで不可能じゃない。何かしらの方法を使って分断さえすれば、スカディを捕らえるも殺すも簡単よ」
「具体的にはどうするの?」
「まだそこは何とも。彼らがどこに潜伏してるのかハッキリすれば、打てる手も増えるかしらね」
「……人員をとにかく割いて探させるわ」
「そうしてちょうだい。間違ってもあの剣士を手に入れよう——だなんて思わないことね。私たちの勝利はあくまでスカディを捕らえることにある。ネファリアスは無視よ」
「私としては彼も仲間にしたいのだけど……」
「無理ね。あなたの魅了の魔眼が通じなかったのよ? どう頑張ってもネファリアスは仲間にできない。一応、私の仲間を呼んではみるけど、捕まえられるかはまた別ね」
「仲間? いいの? この街に悪魔を呼んで。いまは勇者がいるのよ」
「平気よ。勇者の実力を見たかぎり、むしろここで仲間を集めて殺した方がいい。ネファリアスに比べたらまだまだ弱いもの」
くくく、と悪魔の女性は喉を鳴らす。
その自信のある表情を見て、ようやく偽物聖女はホッと胸を撫で下ろした。
余裕のある表情を作り、彼女も彼女で内心、ネファリアスをどうやって仲間に引き込むかを考えた。
自分でも意外なほど、彼女はネファリアスに心を奪われている。
▼△▼
「——あ。ようやく見えてきましたよ、マリー様」
場所は変わって王都近隣。
なだらかな道を走る馬車の荷台にて、外に顔を出した赤髪の女性は、隣に座る金髪の少女に声をかける。
金髪の少女——マリーゴールドは、赤髪のメイドの言葉に反応を示し、同じように外へ顔を出す。
「あそこが王都……あそこにお兄様がいるかもしれないのね」
「可能性は高いでしょうね。むしろ王都にいなかったら手詰まりです」
「それは困るわ。どうしてもお兄様に会って、私の気持ちを伝えないといけないの! 頑張りましょう、ミラ!」
名前を呼ばれた赤髪のメイドは、マリーゴールドの言葉にこくりと頷いた。
彼女もまた、マリーゴールドと同じようにネファリアスへ伝えたいことがあった。
そのためにジッと王都を囲む壁を見つめる。
「でも……ネファリアス様は私たちに会ってくれますかね? 急に家を出たくらいですし、もしかすると……」
「嫌なことは考えないようにしないとダメよ、ミラ。私たちは決して捨てられたわけじゃない。お兄様は昔から何かをしようとしていた。きっとそのために家を出たの。だから、私たちがお兄様を手伝えばいいだけ。それならお兄様も私たちを邪険にしないはずよ!」
「マリー様……そうですね。すみません。何だかここまで来て、急に不安を感じてしまいました」
「ううん。気持ちはよく分かるからいいの。私だって怖い。もしかしたらお兄様は私のことが嫌いで会ってくれないかもって思うと。もちろん、私はそれでも諦めない。絶対にこの気持ちを伝えて、お兄様の傍にいる。たとえお兄様がそれを望んでいないとしても」
彼女は視線を荷台の中に戻し、拳を強く握り締めた。
青色の瞳には強い覚悟の色が宿っている。
隣に座るミラもまた、髪色と同じ真っ赤な瞳をメラメラと燃やしていた。
二人はゆっくりと王都の正門前に到着し、馬車ごと王都の中に入った。
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