第202話 秘策

 離宮を出て王宮からなるべく離れる。


 暗闇の中で俺を追いかけられる者はいなかった。


 なまじ主戦力のメンバーが削られているのが大きい。後ろを確認しながら、遠回りで居住区の方に戻った。


 人目を気にしながら宿の二階にスカディたちを招き入れる。


 床に降りた彼女たちは、安堵の息を吐いて呟く。


「ハァ……生きた心地がしませんね」


「大変だったわね。まさか勇者様に続いて、異端審問官まで現れるなんて」


「さすがに死ぬかと思った……」


「それだけじゃないわ。魔王の先兵と言われる悪魔をこの目で見ることになるなんて」


 スカディの表情が急に引き締まった。


 聖女である彼女は、あの悪魔の女がどれほど恐ろしい存在かを知っている。


「そうだね。俺もあんな所に悪魔がいるなんて想像すらしてなかった」


「それにしては落ち着いてましたよね、ネファリアス様」


「まあ、もう一度は戦ってる相手だからね。それに、表情に出さなかっただけだよ。内心はハラハラさ」


「でも悪魔はどこに?」


「たぶん、一時的に姿をくらませてる。勇者がいなくなったあとで離宮に戻ると思うよ」


 それで言うとあの離宮の警備がやけに手薄な理由も判明したな。


 悪魔がいたからだ。悪魔を人前に晒すわけにはいかない。特にいまは聖王国に勇者がいる。


 バレたら間違いなく聖女の地位を剥奪され処刑されるだろう。


 処刑はともかく、あの悪魔をなんとかしないといけない。悪魔が傍にいるかぎり、何度でも偽物聖女を助けようとしてくる。


 何か手は……。


「ネファリアス様? 考え事ですか?」


 いつの間にかスカディが俺の顔を覗き込んでいた。びくりと肩を震わせる。


「あ、ああ……例の悪魔をどうやって倒すか考えてた」


「悪魔を倒す?」


「あの悪魔がいるかぎり、簡単には偽物聖女を捕まえられないからな」


「確かに……」


「確実に邪魔してきますねぇ、あの悪魔」


「口ぶりから察するに、悪魔はこの街が目障りっぽいからな。あの女性を利用したのもそれが理由だろう」


「でも悪魔を倒そうとすると他の人たちが来るし……勇者様がいると、治癒スキルで回復される恐れがありますよね」


 リーリエの呟きに俺は首を横に振った。


「いや、その心配はない」


「え?」


「勇者はまず間違いなくあの悪魔を優先して倒す。それが勇者としての務めだ」


「なら……」


「そう。俺が考えていたのは、あの悪魔をどうやって表舞台に引きずり込むか。普段は裏側に隠れているだろうから、大変ではあるね」


 何か彼女を引っ張り出せる妙案はないものか。


 そう考えていると、ふいにクロエが言った。


「……一つだけ、チャンスがあるかもしれない」


「え? どういうこと、クロエ」


「偽物の聖女は言ってた。街中を巡って住民たちを洗脳するって」


「あ」


 クロエが何を言いたいのか理解した。


「つまり、パレードの最中に聖女を襲って追い込めば、あの悪魔が出てくるかもしれないってこと?」


「恐らくは。確証はないけど、どちらにせよパレードは止めないといけない」


「そうだね。洗脳されたらますますスカディを聖女に戻すのが難しくなる」


「狙うならそこですね。でも、確実に勇者様や異端審問官がまた立ちはだかって来ますよ?」


「承知の上だよ。なに、彼らは俺が担当する。スカディたちは偽物の聖女のことをお願いしてもいいかな?」


「わ、私たちがあの偽物聖女を捕まえるんですか⁉」


 スカディは大きく両目を見開いて驚く。


 他の二人も似たような反応を見せていた。


 俺はこくりと簡潔に頷く。


「うん。正直、すべて俺が解決するのは不可能だ。相手が多すぎる。だから、無防備になる聖女を三人で襲うか捕まえてくれ。相手が三人なら、悪魔が出てくる可能性が高くなる」


 悪魔からしたら、いまの三人は殺すのに手間のかからない雑魚だ。


 人形であるあの偽物聖女を助けに割り込んでくるはず。


 そこに俺が突撃し、偽物聖女と悪魔の関係性を訴える。狙い通りにいけば、スカディの冤罪が晴らせるかもしれない。


「い、一瞬とはいえ、悪魔の相手を我々が……」


「戦う必要はないよ。時間さえ稼いでくれたら、その間に俺が悪魔を狙って無力化する。そうなったら偽物聖女と悪魔の関係を糾弾できるかもしれない」


 少なくとも勇者とエリカなら信じてくれるはずだ。


「……分かりました」


 覚悟の決まった顔でスカディが頷く。


「不安はありますが、ネファリアス様が命を懸けているのです、我々もその行いに報いるために命を懸けましょう、クロエ、リーリエ!」


「スカディ……そうね。私も同じことを言おうとしていたわ」


「はいはーい! 私も頑張るよ! みんなで悪魔と偽物聖女に勝つんだ!」


 おー、とリーリエが拳に天井を向かって突き上げた。


 それに残りの二人も続く。


「やる気があって良かった。俺も精一杯頑張るから、必ず生き残ろう。次ですべてを終わらせるんだ」


 全員の覚悟が決まる。


 作戦決行は聖女のお披露目パレードの最中。


 馬車で街中を回ると思われる聖女を襲い、悪魔を引きずり出す。


 それが俺たちの計画だった。

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