第199話 新たな聖女との対面

 暗闇の中、わずかな明かりを頼りに離宮へ向かう。


 離宮の警備はかなり手薄だった。必要最低限の人員しか動員されていない。


 しかし、一人でも警備する者がいるならそこには誰がいる。


 そう判断した俺たちは離宮の中へ忍び込み……電気の点いていない不気味な廊下を歩いていた。


「……どうして明かりがないんだ?」


「もう寝ている、とか?」


 離宮内部は明かりが一つも無かった。外から差し込む月光だけが頼りだ。


 おまけに人の気配もほとんどない。あるのは一人か二人くらい。


 その気配を探りながらどんどん離宮の奥へ行く。


 すると、やがて大きな扉が見えた。


「あそこは……誰か中にいるっぽいな」


「そんなことが分かるんですか?」


「なんとなくね」


 培った経験だと思う。知らんけど。


「恐らくいるのは……聖女でしょうか?」


「さあ。それを調べるためにも他に扉がないか——」


「——いらっしゃい、不審者さんたち」


「ッ」


 背後から声が聞こえた。


 完全に気配を断っていた。慌てて振り返ると、三十メートルほど先に一人の女性が佇んでいる。


 妖艶な美女だ。その一挙手一投足がすべて魅了でも籠められているかのように美しい。


 だが、月光の明かりからでも分かるほど——肌が黒かった。


「お前……悪魔か」


「正解。そういうあなたはノートリアスを救った英雄くんね? 傍にいるのは件の聖女様かしら」


「こっちの素性はバレてると。わざと侵入を見逃したのか?」


「ええ。あなたたちに用があったから。私と——あの扉の奥にいる女がね」


「やっぱり聖女はこの離宮にいたのか」


「私と組んでるってバレたら大変でしょう? この国じゃ悪魔は蛇蝎のごとく嫌われてるし」


「俺がここでお前を殺してもいいんだぞ?」


「あら。できるかしら? 確かにあなたは強い。雰囲気から分かるわ。けど、他の人たちにバレずに私を倒せる?」


「…………チッ」


 この女は自分たちが起こした騒動で駆け付けた兵士たちを味方につける方法があるらしい。


 恐らく魅了の能力だな。


 それを使われたら困る。逃がせば俺が勇者たちにも襲われて不利になるだろう。スカディたちの身も危険にする。


 ここは素直に彼女の提案に乗っておくことにした。


 決して諦めたわけじゃない。むしろ逆転のチャンスを虎視眈々と狙っている。


「ふふ……その目、とっても怖いわぁ。私の命を狙ってる人の顔」


「当たり前だろ。聖女もお前も絶対に許さない。それだけは覚えておけ」


「はいはい。それより行きましょう? 彼女が首を長くして待ってるわ」


 すたすたと近くを悪魔が通る。


 スカディたちを俺の背後に隠し、そのまま扉の方へ向かった悪魔を追いかける。


「ほ、本当についていってもいいんでしょうか?」


「仕方ないさ。ここで何か起こった場合、被害をこうむるのは俺たちだ」


「でも、なぜわざわざ知らせないで私たちを呼ぶのでしょう。さっさと撃退した方がいいのに」


「聞かせたい話か……提案でもあるんだろうさ」


「提案?」


「俺も詳しくは分からないけどな」


 じゃなきゃクロエの言う通りにしてる。


 リスクを背負ってまで俺たちを迎え入れたってことは……それ相応の話があるってことだ。




 ▼△▼




 ギィィィッ、という重苦しい音を立てて扉が開いた。


 悪魔に続いて中に入ると、暗闇の中に一人の女性がソファに座っている。


 彼女は俺たちを見ると、勢いよくソファから立ち上がってこちらにやってきた。


 咄嗟に剣を構えるが、彼女はお構いなしで俺の目の前に。


 ジーっと人の顔を見つめてくる。


「……あなたがノートリアスを救った英雄?」


 ストレートな問い。面食らうが、一応答える。


「悪魔を倒したのは俺だな」


「勇者や騎士団長たちを相手に、たった一人で勝つほどの逸材……か。その上、顔がモロ私の好みなんですけど!」


「……は?」


 いきなりこいつは何を言ってるんだ?


 俺が理解するより先に彼女は大きな声を出す。


「きゃー! 素敵ねネファリアス様。あなた、本当にカッコイイ」


 くるくるとその場で回転し、手に持っていたコップを床に捨てる。


 ガシャーン、という音を立ててコップが割れた。


 しかし、彼女は気にした様子もなく続ける。


「才能もあって、元貴族。騎士団でもトップの実力があり、名声もある……完璧じゃない! 私の婚約者に相応しいわ!」


「な、何を言ってるんだ!?」


「ん? あなたは今日から私の婚約者。強くてカッコイイ騎士様に守られるのが……お姫様の役目でしょ?」


 更に距離を詰めてきた彼女の瞳が、怪しい紫色に変わった。


 不思議と、その目を見ていると……——ッ。


「お前!」


 がばっと彼女の体を遠ざける。


 視線を逸らし、後ろに跳んだ。


「ネファリアス様!? どうしました!」


 即座にスカディが俺の傍による。


 彼女の目を決して聖女の方へ向けさせないよう背中で隠しながら答える。


「あの女……たぶん、魅了の能力を持ってる」


「み、魅了……?」


「目を見た相手を魅了、洗脳する類いの能力だろうな。いま、俺に使ってきやがった」


「そんなッ!? ネファリアス様の予想が的中したってことですか!?」


「らしいな。それも、悪魔とかいうクソみたいなおまけ付きだ」


「あれー? おかしいな……私の能力を弾いた? あなた、耐性があるみたいね……それも、まったくかかる様子がなかった。凄い。スキルまで優秀なんて尚更欲しいわ」


 ぺろりと聖女と思われる女性は舌なめずりをする。


 非情に不気味な化け物に見えた。

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