第197話 疑問ばかり
しばらく涙を流したスカディ。
およそ十分ほどで彼女の涙が枯れた。
「落ち着いた? スカディ」
彼女の背中を撫でながら様子を窺う。
あれだけ嗚咽を漏らしていた彼女も、涙が枯れたことで落ち着きを取り戻していた。
「はい……もう平気です。ご心配をおかけして申し訳ありません」
「別にいいよ。むしろよかったね、スカディ。頑張る理由ができたんじゃない」
「できました。あの人のためにも……私自身のためにも、やはり聖女に戻る必要があります」
「頑張ろうね、スカディ! きっと私たちなら大丈夫だよ!」
顔を上げたスカディにリーリエが拳を握り締めてやる気を見せる。
スカディはこくりと頷いた。
「油断大敵。けど、スカディのやる気が増したならよかった。私も聞いてて嬉しくなったわ」
「ありがとうクロエ。みんなのためにも頑張らないとね」
「でもこれで謎が増えたね」
「謎?」
リーリエが首を傾げる。
「どうして新たな聖女は聖女として認められたのか。民衆の不満がある中で聖女を交代するのはリスクがあるだろ?」
「確かに……私が上層部なら、スカディを偽物の聖女にするより、聖女が新たに生まれた——と噂を流す方を選ぶ」
「それって……私を殺してですか?」
「その方が民衆から受け入れられるだろ? 事実、さっきの店主さんは新たな聖女を信じていなかった。他にも何人かいるはずだ、スカディの聖女解任に不満を持つ者が」
その不満すら先ほどクロエが言った方法で解消できたのに、なぜ教会側は先に新たな聖女が生まれたという話を流したのか。
どう考えてもデメリットがあるのは明白だ。
「聖女であることを証明する手段があるのか……もしくは、聖女自身の独断か」
「せ、聖女自身の独断?」
「可能性の一つとしてね。ずっと考えてはいたんだ。仮に他者を洗脳できるスキルを持っていた場合、自分を聖女として周囲に認識させることもできるな、と」
スカディのことをよく調べずに新たな女性を聖女にしたくらいだ。あまりにも展開が急すぎる。
それでまた別の女性が偽物の聖女になったら、教会の威信は失墜する。
この国において、聖女とはそれだけ大切な存在なのだ。
「言われてみると……今回の聖女の件はいろいろとおかしい点が目立ちますね。いきなりスカディを捕まえようとした異端審問官しかり、新たな聖女の発表のタイミングしかり、抗議の声を無視するように進められる展開しかり……」
「まるで聖女本人が自分をそう見せたいから急いでいる……ようにも思えるよね」
「ッ」
浮かんできた衝撃的な仮説。
スカディがぶるりと体を震わせた。
「聖女になりたかったから……周りの人たちを洗脳して、私を聖女から引きずり降ろした?」
「どうしてそんなことを……」
「まだ確証はないよ、リーリエ」
この考えはあくまで仮説。
偽物の聖女を見つけるまではどういう答えが返ってくるのか分からない。
それで言うと、俺は状態異常に対する強力な耐性を持っている。
魅了も弾けるだろう。
「確証はなくても危険度は増しましたよね? 魅了系のスキルに対する抵抗は、私と……他には誰が持ってますか?」
「私はあります。聖女特有のスキルで」
「私はないわ」
「俺はある。たぶん弾ける自信があるね」
「ということは、クロエは危険ですね。下手すると聖女に魅了される可能性がある……」
「その時は私の意識を落としてください、ネファリアス様」
「俺が?」
「ネファリアス様以外には頼めません。二人には無理でしょうからね」
「……分かった。クロエが洗脳されたら俺が責任を持って意識を落とす。安心してくれ」
「ありがとうございます。これで憂いなく前に進めますね」
にこりとクロエは笑う。
本当は不安があるはずなのにそれを隠していた。
他でもない、スカディのために。
「では洗脳された人はネファリアス様に解いてもらいましょう。ただ……」
「俺が洗脳された場合、だね」
それが一番最悪でバッドエンドなパターンだ。
俺の持つスキルはあくまで耐性。貫いてくる可能性はゼロじゃない。
「対策のしようがないわ。私たちがどれだけ頑張ってもネファリアス様には勝てない。きっと意識を落とす前に全員捕まるわよ」
「嫌なリスクが出てきたね……」
「かと言ってネファリアス様無しではそれもまたリスク……」
「願うしかないや。俺が相手の魅了を弾けることに」
致死性の毒すら弾けるほどの耐性だ。恐らく防げるとは思うが……かかった場合は終わりだな。
対抗策はない。
俺たちは悩みながらも、次の人物を探して路地裏から出た。
▼△▼
昼過ぎ。
たっぷりと時間を使って情報を集めた俺たちは、人の少ない居住区の一角でこそこそと話し合っていた。
「結局、あんまり聖女の情報は集まらなかったね」
「でもみんながスカディのことを応援していたのは知れましたね」
「またスカディが泣きそうになって大変だった」
「う、うるさいですよッ。しょうがないでしょ!」
「あはは。悪いことじゃないけど、人前で泣いたら目立つからね。よく我慢した、スカディ」
「子供じゃないんですから、別にそんなことで褒めなくてもいいんですよ……」
ぶすぅ、と頬を膨らませるスカディ。
彼女の可愛い顔を見ながら、俺は決断を下す。
「——よし。聞き込みはここで終わりだ。騎士たちの見回りも目立ってきたし、一度宿に戻って今後のことを決めよう」
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