第196話 聖女が残したもの

 追われている凶悪犯——とは思えないような幸せな目覚めを味わい、顔を洗って支度を済ませる。


 朝食を摂ってからはすぐに街中へ調査に向かう。


 主に新たな聖女に関してだ。


「準備はいいね? 下ろすよ」


「はい、お願いします」


 まだ陽が出たばかりの頃。


 微妙に薄暗い外へ三人の女性を窓から地面に下ろす。


 これで彼女たちが宿の主に見つかることはない。


 しっかりと周りに誰もいないことは確認してある。


 三人が無事に地面に下り立つと、俺も急いで部屋を出て一階の入り口から外へ出た。


「それじゃあ行こうか。まずは聞き込みからかな?」


「そうですね。いきなり王宮に攻め込んでも危険があります。まずは聖女に関して話を集めましょう。もしかすると、王宮にいない可能性もありますからね」


「うー、緊張しますね……」


「長年住んでいた場所にいるだけなのにね」


 スカディの言葉の後、リーリエとクロエが緊張した面持ちでそう呟く。


 彼女たちは見つかったら一発アウトだからな。


 フードを深く被って、俺が前に同僚からもらった謎の仮面をつけている。目元だけ隠すやつ。


「本当に大丈夫ですかね、これ。怪しいと思いますが……」


「万が一のことを考えたしょうがないよ、リーリエ」


 地元の人間には彼女たちの顔は割れている。


 少しでも見られれば即バレの危険性があった。それに比べたら多少怪しいくらい平気だろ。


「個人的には心配ですが……他にアイデアもありませんし、我々だけで待っているのも不安ですからね」


 最初はスカディたちを宿に待機させて俺だけが調べるかどうかの案もあった。


 だが、その間に彼女たちが襲われたりバレた場合、俺はまったく対処ができずに終わる可能性がある。


 だから多少のリスクを背負ってでも彼女たちは俺に同行する。


「緊張しなくていいよ。いつも通りリラックしよう。不安は体を強張らせてミスを誘発する。何があっても俺が守るから、ドンと構えておきなさい」


「ネファリアス様……」


「大きいなぁ、ネファリアス様の背中。安心する」


 感動した様子のスカディ。リーリエも嬉しそうに呟いた。


 クロエもこくりと頷き、珍しく笑みを作っていた。


 この感じならもう大丈夫そうだね。


「よし、そろそろ行こうか。あんまり人通りが多い所は避けてね? 勇者たちに会ったら俺もバレかねないし」


「勇者様たちの目的が私たちの捜索なら、街中も危険ではありますね」


「恐らく探すとしたら街の外じゃないかな? 彼らは俺らが街中にいるとは思ってもいないだろうし」


 その間に情報を収集したい。そして、数日後には王宮へ行って聖女を捕まえる。


 本人の口から偽物の聖女であることを明かしてもらう予定だ。


「でも、いまさらながら自分が聖女であることをどうやって証明しましょう」


「偽物の聖女がどうやって聖女として認められたのか……その方法が明らかになってからだね、それを考えるのは」


 いまはただひたすら前に進むしかなかった。


 俺たちは歩き出す。


 人の目を気にしながら。




 ▼△▼




「新しい聖女様? ああ、聞いたよ。スカディ様は偽物の聖女だったってね」


 行動を始めて一時間。


 一時間も経つとちらほら露店を構える人が増えてきた。


 住民たちでごった返す前に、俺は甘味を売ってる店主に声をかけた。


 店主は気さくに話しをしてくれる。


「酷い話ですよね。聖女の名を騙るなんて」


「うーん……俺はまだ信じちゃいないんだ」


「え?」


「聖女スカディ様は優しい人だった。穏やかで話しやすく、誰にでも平等に接する。あんな人が偽物の聖女だとは思えないんだ」


「でも、実際に教会から通達されたのでは? 異端審問官が動いてると聞きましたよ」


「それでもさ。そもそも聖女スカディ様が偽物だという証拠を俺は知らない。だから信じてる。いつの日か、またあの人が帰ってきてくれることを」


「……そうですか。お話すみません。オススメを一つもらえますか?」


「はいよ!」


 にこっと笑った店主に同じく笑みを返して金を払う。


 クレープみたいな甘味を受け取って俺たちはその場から離れた。


 人のいない路地裏の方へ向かう。




「大丈夫かい? スカディ」


 路地裏に入ってすぐ俺はスカディの様子を確認した。


 彼女は涙を流している。


「だ、大丈夫……です。う、嬉しくて……」


「気持ちはよく分かるよ。よかったね、スカディ。君は聖女として立派にこれまで務めを果たしてきたんだ。魔王がいなくて暇だったかもしれないけど、確かに君が生きた証は住民たちの心に刻まれている。たとえ一人でも、君の帰りを待ってくれている人がいるんだ」


「——ッ!」


 さらにスカディの涙の勢いが増した。


 これは大切な涙だ。彼女が今後もまっすぐに進み続けるために必要な涙。


 だから俺は、俺たちは……スカディの背中を撫でる。


 君の選択肢は間違ってなかったよ、と言わんばかりに。


「諦めないで頑張ろうね。君の心が折れないかぎり、俺たちは何度だって立ち上がれる」


「はい……はい!」


 スカディは再び噛み締めた。


 自分が聖女に返り咲く意味を。返り咲くことで救われる人もいるんだということを。


 同時に俺は、教会への不信感を抱いた。

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