第194話 一緒に寝るのは……
「よっと」
音も無く地面に着地する。
意外なほど簡単に——聖都ルミナスへ侵入することができた。
俺たちが聖騎士や勇者を倒して逃亡した日から一日。
夜の闇に溶け込むようにして移動を始めた俺たちは、手薄になった警備を掻い潜って街の壁面まで近付いた。
そこからはいつものやつだ。
悪魔の手を発動し、壁を跳ねて上った。
「と、到着したんですね……よかった」
「何度やってもなれない……うぷ」
地面に腰を下ろしたスカディとクロエは、相変わらず高所からの落下に難色を示していた。
「お疲れ様、二人とも。これからはもういまみたいな落下はないし、とりあえず宿を探して泊まろうか」
「は、はい……ですが、宿に泊まれますかね? ここは聖都。お尋ね者をより厳しく探しているのでは?」
「その可能性はある。宿でもチェックされる可能性がね」
「じゃあどうしたら……」
「勝手に侵入すればいいんだよ」
「え?」
シンプルな回答を出した俺を三人の女性たちが見つめる。
「勝手に侵入……ですか?」
「そう。部屋は一つしか借りられないけど、俺が部屋を取って後は窓から侵入すればいい。それくらいの距離、俺のスキルなら余裕だよ」
この作戦の欠点は、怪しまれないように部屋を一つしか取れないこと。
後は部屋に窓がないとダメなこと。
まあ、窓がない部屋なんてほぼないが。
「なるほど……確かにその方法ならバレずに泊まることができますね」
「部屋が狭い分、お金も浮きますね!」
「狭いのはまあ、外に比べたらマシだし」
「みんなが問題ないならひとまず宿を探そうか。いまは暗いし、こそこそ動こうね」
「分かりました」
三人が頷き、俺たちは居住区をネズミのようにこそこそ歩き始めた。
▼△▼
居住区の一角を歩く。
土地勘のあるスカディたちのおかげで、宿はすぐに見つかった。
三人を外で待機させ、俺だけ宿の受付に向かう。
「いらっしゃい。……お客さん、フードを被ってるね。わけありかもしれないが、いまは状況が悪い。素顔を見せてくれないと泊まれないよ」
「構いませんよ。人目が気になる質で顔を隠しているだけですから」
そう言って俺はフードを外した。
聖女スカディたちの指名手配ならともかく、俺の指名手配はまだ出ていないだろう。
店主と思われる女性が俺の顔を見てすぐに視線を逸らした。
テーブルに置いてある紙に何やら文字を記していく。
「一人、男性。何泊する?」
「とりあえず一週間お願いします」
「はいよ」
お金を払って部屋の鍵を受け取る。
俺の指名手配が出されるとしてもまだ時間がかかるだろう。
あのイルゼたちが素直に従うとも思えないしね。
鍵を手に階段を上って二階へ。
扉を開けて部屋の中に入ると、真っ先に窓を開けた。
明かりに照らされてわずかに外にいる三人の女性たちが見えた。
きょろきょろと周りを見渡すが、夜遅いので他に住民の姿はない。
いまの内にスキルを発動する。
————悪魔の手。
不可視の手が三人の体を包み込んで持ち上げた。
このスキルはある程度自由に操作できる。
こうして掴んだ対象を持ち上げて運ぶことも可能だ。
ゆっくりと小さな窓から一人ずつスカディたちを部屋の中に。
全員が入ったのを確認してスキルを解除した。
「作戦成功だね」
「こんなあっさり成功するとは……」
「さすがネファリアス様! 凄いですッ」
クロエが驚きの声を上げ、リーリエが拍手する。
「ダメよリーリエ。あんまり音を出しちゃ。この部屋にはネファリアス様しか泊まっていないんだから、本来は」
「あ、そうだった……ごめんなさい、ネファリアス様」
スカディに注意されてリーリエが頭を下げる。
俺はくすりと笑って首を横に振った。
「なに、安宿なら店主が二階へ上がってくることはほとんどないさ。それに——クロエがいる」
「お任せください」
即座にクロエがスキルを発動する。
彼女のスキルは風属性の魔法スキル。
戦闘に使えるほど強くはないが、音を遮断する結界を作ることはできる。
それで部屋を包めば、魔力が切れないかぎり会話ができる。
「ありがとう、クロエ。このスキルはどれくらい持続する感じ?」
「魔力消費が少ない技なので、数時間くらいなら」
「それは凄い。なら、会話する時はクロエに頼もうか」
「頑張ります」
「と言っても、いまのところ話すことはあんまりないけどね」
窓を閉めて椅子に腰を下ろす。
「ほら、みんなもベッドにでも座りなよ。そこは自由に使っていいから」
「え? それじゃあネファリアス様はどこで眠るつもりですか?」
「床か……まあ椅子でも問題ないかな」
騎士団の訓練で慣れてる。変な所でも寝られるよ俺は。
「ダメです! 私たちの希望たるネファリアス様にそんな真似を……!」
「それに、万全の状態を作るならちゃんとベッドで眠ったほうがいい」
「一番大きな部屋だけあって、ベッドも頑張ればみんなで寝れますよ!」
スカディ、クロエ、リーリエが順番にそんなことを言う。
非情に嬉しい言葉だが、最後のリーリエの言葉だけは見逃せない。
「いや……全員で寝たらさすがにまずいのでは……」
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