第193話 首都へ
しばらく森の中を歩く。
逐一スカディには周囲の様子を探ってもらうが、聖騎士たちが追いかけてくる様子はなかった。
一度、俺たちは木の幹を背に腰を下ろす。
疲労した体に束の間の休息を与えた。
「ふぅ……どうやら逃げ切ることはできたようだね」
「勇者様たちが来た時はどうなることかと思いました……」
スカディがホッと胸を撫で下ろす。
その様子にリーリエが続いた。
「本当に。よく勝てましたね、ネファリアス様は」
「ギリギリだったけどね。おかげで体力と魔力の消耗が激しい。正直、もう一度戦ったら負けると思う」
「だとすると……ひとまず魔力の回復に努めますか?」
「うーん、どうだろ。ここで時間を無駄にするのはもったいないと思う」
クロエの問いに俺は首を横に振った。
「せっかく向こう側も疲弊しているんだし、ここは逆に、一気に聖王国まで戻ってみようか。恐らく、聖騎士たちは首都まで退いてるはずだ」
あれだけの損害を出しておいて周辺の警備ができるはずがない。
俺だったら仲間たちと一緒に街へ戻る。
だから街の周辺が手薄になるはず。
相手もまさか街の壁を上ってくるとは思うまい。
その意識の隙を突く。
「逆に攻めに転じる、と」
「ああ。三人の覚悟があればね」
神妙な顔で頷くクロエと他の二人にそう訊ねた。
あくまでこれは俺のプラン。気に入らなければ他の代案を用意してくれてもいい。
それに、三人の体力がなかったらどちらにせよリスクが増えるから却下だ。
そういう意味を込めて訊ねた。
「——私は、ネファリアス様の作戦に賛同します。退いて時間をかけてもこちらが不利になるだけ。勇者様がいるのは恐ろしいですが、ネファリアス様がいる以上、ここは攻めるべきです!」
「スカディは賛成と」
「はいはーい! 私も賛成します!」
「リーリエもOK。残るのは……」
ちらりと全員の視線が沈黙を守っていたクロエに向けられる。
クロエもまた俺たちに視線を向ける。
「そうですね……私も悪くないと思います。慎重派だからこそ否定したいところではありますが、戦力的にそれが最善であるのもまた事実……」
「いいんだね、みんな。それで」
ここから先は恐らく戻ることはできない。
仮に街中に入れたとしたら、後は最後まで突き進むしかなくなる。
「当然です! 私は絶対に聖女に返り咲き、勇者様とともに魔王を倒すんですから!」
「スカディが聖女に戻らないとまともな生活も送れませんからねぇ。私はスカディについて行くだけですッ」
「死なばもろとも。最初から覚悟は決まっています」
スカディ、リーリエ、クロエが順番に決意を示す。
その言葉を受け取ると俺もまた覚悟を決めた。
最後まで彼女たちと一緒に戦う覚悟を。
「それじゃあ……全員でまた目指そうか。——聖都ルミナスを」
「必ず聖女を引きずり降ろしてみせます!」
グッと気合の入った声で拳を握り締めるスカディ。
他の二人も同様に力が入っていた。
休憩もそこそこに、俺たちは再び聖王国の首都を目指す。
▼△▼
聖都ルミナス。王宮の一角。
薄暗くなった部屋の中、爪を噛む女性——聖女が忌々しげに呟いた。
「勇者がいながらみすみすスカディを取り逃すなんて……聖騎士も勇者も王国の騎士団も役に立たないわね」
それは少し前に部下から届けられた話。
偶然にも元聖女スカディを聖騎士たちが発見し、拘束しようとしたが、スカディを守る剣士に妨害された。
その剣士はたった一人で複数の聖騎士と勇者、騎士団長エリカを相手にして勝利を収めた。
それを聞いた時、聖女は思った。
「なんで偽りの聖女スカディごときにそんな強い駒がいるのか」と。
「ネファリアスとかいう剣士の情報を勇者たちに求めたのに、ろくな情報もない。隠してるのか本当にないのか。どちらにせよ、気に喰わない話だわ」
「——気に喰わないのはこちらの台詞よ」
「ッ」
暗闇の中から美しい女性が姿を見せる。
悪魔だ。
彼女は真っ赤に染まった瞳を聖女に向ける。
「聞いたところによると、その剣士が私の仲間を殺したのでしょう? ノートリアスの件で活躍した剣士なら間違いないわ」
「勇者が倒した可能性だってあるでしょ」
「いいえ。勇者の功績を前面に出して誇るならともかく、彼らはわざわざその剣士が悪魔を倒した、と吹聴しているの。つまり、本当にその剣士が倒した可能性が高いわ。もちろん、勇者も手伝ったのでしょうけど」
「そういえば勇者は確認できたのかしら?」
「無理よ」
聖女の問いにきっぱりと悪魔の女性は答える。
「あれは特別。私が近付くだけでも存在がバレかねない。いまバレたらあなたの立場だって危うくなるわよ? それでもいいなら見てくるけど」
「いいわけないでしょ!」
それだけは困ると聖女は憤る。
悪魔はその返事を予想していたのか、くすりと笑う。
「冗談よ。私もあなたにいなくなられると困るし、精々、頑張って勇者たちの情報を集めなさい。弱点が見つかればなおよしね」
「勇者の弱点、ね」
そんなものがあれば苦労しない、と思いつつも彼女は全力で探そうとする。
いま、面倒な相手はその勇者なのだから。
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