第192話 不気味な聖女

 聖騎士・勇者・騎士団長・悪役。


 様々な思惑を抱えた四人が激しくぶつかり合い、最終的には悪役である俺が勝利を収めた。


 勇者イルゼの最高の一撃すら破り、土煙に紛れてスカディと夜の森を走る。


 その後、クロエたちと合流してさらに聖王国から離れた。


 聖騎士たちはあまり外へ出れない。


 勇者と騎士団長たちも同じだ。彼女たちの目的は聖王国。


 聖王国から離れれば追ってはこられない。


 そう読んで、四人で森の中を走ると、やはり誰も俺たちのことを追ってくる気配はなかった。


 しばらく走ってクロエたちの疲労度を見て休憩を挟む。


 一応、スカディに頼んで周囲に動物を放って索敵を行ってもらう。




「ハァ……ハァ……なんとか、逃げ切ることができたみたいですね」


 息も絶え絶えにリーリエがそう言った。


「みたいだね。さっきの爆発のおかげで聖騎士も簡単には立ち直れなかったんだろう。それに、あれ以上戦力を削ぐと国の守りが弱まる。きっとそれを危惧して今回は撤退するはずだ」


 リーダー格の騎士も倒してある。


 これ以上の深追いはありえないだろう。


「近くで見ていましたが……ネファリアス様の剣技は素晴らしいですね。あんな状況でも勇者様たちを破るなんて……」


「スカディが協力してくれたおかげさ。他の騎士たちも一緒だったら苦しかった」


「それならよかったです。この力があなた様の役に立って」


「凄い役に立ってるよ。むしろスカディが要まである」


「索敵があると全然違いますものね、行動の幅が」


「リーリエの言う通りだ。予測できるって余裕が生まれるよね」


 余裕は心と体力の消耗を抑える。


 スカディが別の能力だったらもっと疲労度は貯まっていただろう。


「この先も索敵はお任せください。私がネファリアス様をサポートします!」


「うん。よろしくお願いね」


 休憩もそこそこに立ち上がる。


 また移動して大きく迂回してから聖王国に戻る予定だ。


 数日は必要になるだろうが、それが確実に聖王国へ向かえる方法だった。




 歩き出した俺の後ろを、三人の女性たちが追いかける。


 聖女奪還まで……まだ道のりは遠い。




 ▼△▼




「……ん、んんっ?」


「あ、起きた」


 イルゼが瞼を開けると、目の前にエリカの顔があった。


「エリカ……?」


「おはよう、イルゼ。あなた、ネファリアスに負けたのよ」


「……そういえばそうだったね。ネファリアスくんは逃げた?」


「ええ。今ごろ遠くまで行ってしまったでしょうね」


 答えたエリカにイルゼは不満そうな顔を作って起き上がった。


「どうせエリカのことだし、わざとネファリアスくんを逃がしたんじゃないの?」


「酷い言いがかりだわ。勇者様でも勝てない相手よ? 私ごときが一人で戦っても絶対に勝てないわ」


「よく言うよ。僕より強いくせに」


「はいはい。いいからさっさと回復して聖王国へ行きましょう。あそこに行けばその内またネファリアスと顔を合わせることがあるわ」


「……だね。もしかして時間かけちゃった?」


「ちょっとよ。すぐに起きたし」


「よかった。他のみんなは?」


「幸いにも全員無事よ。スカディの使役していた動物たちと戦っていたから」


「運がいいねぇ」


 これならすぐにでも聖王国へ向かえるとイルゼは思った。


 立ち上がり、剣を鞘に納めて歩き出す。


 その表情にはもう憂いの感情はない。


 前に踏み出した彼は、必ずネファリアスを取り戻すと決めていた。




 ▼△▼




 ネファリアスに負けたイルゼたちは、聖騎士たちとともに聖王国の首都へ足を踏み入れた。


 門を超え、まっすぐに王宮へ向かう。


 そこには聖王だけじゃない。聖女の姿もあった。


 スカディに比べるとどこか素朴な少女を見て、イルゼもエリカも頭を下げた。


「新たな聖女様にお会いできて光栄です」


 代表してイルゼがそう言うと、聖女は口端を持ち上げて笑った。


「こちらこそ、王国の勇者様と騎士団長に会えて光栄だわ。噂がかねがね。悪魔を討伐したんでしょう?」


「はい。ノートリアスに巣食う悪魔を我々騎士団で討伐しました」


「たしかその話、もう一人の立役者がいたはずだけど……彼はどこかしら?」


「現在、ネファリアスは騎士団と行動を別にしています」


「そうでしょうねぇ……罪人の護衛役なんですもの」


「ッ!」


 すでに聖女はスカディを守る凄腕の剣士の情報を得ていた。


 図星と言わんばかりにイルゼとエリカは動揺する。


 だが、聖女の顔色に変化はない。それが当然のことだと受け入れていた。


「大変ですねぇ、騎士団から裏切り者が出てくるなんて」


「裏切り者……ではありません。彼は自らの信念に基づき行動しています。そこに悪意はありません」


「庇っているのは聖女を騙った罪人よ? そちらの国ではどうか知らないけど、聖王国では聖女の名は絶対。勇者と同じくらい大切なものなの」


「分かっています。我々も全力で聖女とネファリアスを捕まえる予定ですから」


「ふーん……でしたら構いません。我が国の優秀な騎士たちと協力して頑張ってくださいね」


 それだけ言ってあっさりと謁見は終わった。


 広間を出る際、イルゼはもう一度聖女を見る。そして呟いた。




「なんだか……不気味な人だな」

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