第191話 聖なる剣と天の剣
イルゼの魔力放出量が上がる。
彼の黄金色の魔力がオーラとして可視化されていた。
魔力が見えるほどの量。
それだけイルゼの本気度が窺えた。
「さすがにそれを元仲間に向けるのはまずくないか……?」
「いいや、全然まずくないね。どうせ君はこの状況すら切り抜ける。だから、僕は遠慮しない」
「当たったらさすがに大怪我するだろうな……」
「それだけで済むのがおかしいんだよ、普通」
「イルゼは勇者だものね。ネファリアスは何かしら? 魔王?」
くすりと笑ってエリカが言った。
俺はそれを否定する。
「俺が魔王だったらとっくに勇者の寝首をかいてるっての」
「たしかにね」
「そろそろいいかい、エリカ、ネファリアスくん。この戦いを終わらせよう」
イルゼの放出した魔力がイルゼの持つ剣に集束し、やがて制御される。
あれほどの魔力を制御できるとはさすが主人公にして勇者。
常人なら魔力が暴走して自爆してるところだ。
俺も大量の魔力を放出する。
「そうだな……俺も早くこの場から逃げないと行けないし、真っ向勝負——受けるぜ」
俺とイルゼが剣を構える。
その横でエリカも槍を構えていた。
正直、一撃の威力でいまのイルゼに匹敵するスキルを俺は持っている。
——天剣。
あれを使ってイルゼを倒すしかない。
だが、あの技は強力すぎる。
下手をするとイルゼすら殺しかねないスキルだ。
魔力の調整をミスったら、イルゼが死ぬか俺が捕まるかの二択。
イルゼを失えばこの世界はバッドエンドに向かう。
俺が捕まればスカディが捕まってバッドエンドに向かう。
どちらにせよ終わりだ。本当に最悪な状況である。
「ネファリアス様……」
背後ではスカディが俺のことを心配していた。
顔だけそちらに向けて笑う。
「大丈夫だよ、スカディ。俺がすべての敵を薙ぎ払って、必ず君を助けてみせる」
「はいはい。妬けるなぁ、もう!」
それ以上の言葉は必要なかった。
勇者イルゼが地面を蹴る。
特大の光が動いた。
同時に俺も地面を蹴る。
闇夜を背にまっすぐイルゼの下へ向かう。
お互いの刃が交差し、やがて衝突する——。
「聖剣」
「天剣」
二つの衝撃が重なった。
周囲に爆発が起こる。
「きゃああああ!?」
「くっ!?」
スカディとエリカすら巻き込んだ極大の爆発は、周囲の地形をまとめて吹き飛ばして更地に変えた。
土煙が広範囲に広がり、地面は粉々に砕ける。
木々は倒れ、吹き飛び、最後に残ったのは……。
「——ギリギリ、だったな……」
倒れたイルゼを見下ろす俺だ。
「ッ……! やっぱり、僕じゃ君には届かなかったか……」
「お前がまだ成長途中で助かった。成長しきってたら負けてかもな」
「僕が……成長、途中?」
「ああ。お前はもっと強くなれるよ。いまの俺よりも強くな」
それがこの世界の主人公に与えられたギフト。
常人が手を伸ばして決して届かない高みにお前はいける。
だから、いまは悔いるな。
俺のことなんて忘れてもっと強くなればいい。
「僕は……強くなり、たい……。君を……連れ戻せるくらい、強く……」
イルゼの声が尻すぼみに小さくなっていく。
意識の限界だろう。
強い衝撃を受けた彼は、まもなく気絶しようとしている。
対する俺は軽傷だ。すでに治癒スキルで治療もしてある。
「イルゼ!」
土煙を切り裂いてエリカがこちらにやって来た。
倒れたイルゼとその傍にいる俺を見て動きを止める。
手にしていた槍を構える——ことはしない。
地面に突き刺し、どこか残念そうに苦笑した。
「そう……ダメだったのね」
「エリカ団長」
「いいわ。どこにでも行きなさい。私たちの負けよ」
「いいんですか、罪人を逃がしても」
「生憎と、私たちは聖王国へ向かう途中だったの。別にあなたたちを聖王国の前で捕まえろ、なんて指示はもらってないわ。あくまで指名手配されてる凶悪犯が近くにいたから寄ったまで。勇者様を見殺しにはできないわ」
「見殺しって……殺してませんよ。気絶しただけです」
「はいはい。早く行かないと聖騎士たちが来るわよ」
しっしっとエリカは手で俺に逃げるよう伝える。
俺は剣を鞘に納め、ぺこりと頭を下げた。
「ありがとうございます、団長。そして——お世話になりました」
頭を上げるなり俺は土煙の向こうへ姿を消す。
背後から小さく、エリカの声が聞こえた。
「お別れの言葉なんて……私は言わないわよ」
▼△▼
舞い上がった土煙の中からスカディを見つける。
彼女の手を引っ張ってクロエたちが逃げたほうへ向かった。
しばらくすると土煙から脱する。
そしてそこには二人の女性がいた。
「クロエ! リーリエ! 無事だったか」
「ネファリアス様! ネファリアス様とスカディ様こそ無事ですか!?」
「凄い爆発音だったけど……」
「平気だよ。この通りほとんど傷はない。勇者と騎士団長、それに聖騎士は退けた。いまの内に距離を稼ごう。みんな走れるね?」
訊ねると三人の女性たちは同時に頷いた。
それを見て俺は先頭を走る。
いよいよもって、俺は悪の道へ堕ちた。
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