第188話 殺し合い

 勇者イルゼに続いて騎士団長のエリカまで俺の前に現れた。


 二人の魔力の反応は聖騎士たちよりも上だ。


 正直、この状況はかなりまずいかもしれない。


「まさかイルゼの話にあなたまで乗っかったんですか? エリカ団長」


 俺がイルゼと刃を交えながら話しかけると、彼女は神妙な面持ちでこくりと頷いた。


「ええ。イルゼも私も考えは同じ。スカディたちよりあなたを選んだ。あなたを失うわけにはいかない、とね」


「それは光栄だ。けど、もちろん俺が反発することも計算に入れてますよね?」


「入れてなかったら攻撃なんてしないわ。そうでしょう、イルゼ」


「当然! 君をボコボコにして王国に連れ帰るよ! 罪人であるスカディたちを捕まえれば……君のささやかな抵抗くらいは不問にしてくれるだろう?」


 ぎりぎりとイルゼの剣に力が籠められていく。


 それが本気なんだと俺はすぐに分かった。


「……そうですか。ありがとうございます。なら俺は、その気持ちを全力で踏み躙りますね。絶対に——負けない」


 こちらも剣に力を籠める。


 いくら相手が勇者イルゼでも関係ない。いまの力量は俺のほうが上だ。


 腕力勝負に勝利し、無理やりイルゼを後ろに吹き飛ばす。


「くっ!?」


 イルゼは抵抗虚しくエリカの隣まで飛ぶと、くるりと半回転して綺麗に着地する。


 直後、彼の隣に並んだエリカが槍を構えた。その瞳に剣呑な意志が宿る。


「まさに殺す気満々って顔ですね、エリカ団長」


「それくらいあなたは強いってことよ。私とイルゼが二人がかりでも勝つのは難しい。だから、せめて殺す気でやらないと」


「大丈夫だよ。もし大怪我しても僕には治癒スキルがあるからさ」


 イルゼもエリカ同様に剣を構え直す。


 二人は本気だった。本気で俺を殺すつもりだ。それで勝とうとしてる。


 矛盾してるようで正しい判断だ。俺はそれを凌駕するだけ。


「精々、無駄な努力にならないよう注意してくださいね」


 俺もまた剣を構える。


 これまでで一度もなかった本気の殺し合いが始まる。


 結果的に……俺は悪役になってしまった。


 目の前には勇者とエリカがいて、スカディこそいないが運命は巡る。


 それでも俺は……一切退く気はなかった。


「ッ!」


 タイミングなんて存在しない。


 真っ先にイルゼが俺の懐に潜り込む。


 前に戦った時と同じだ。


 イルゼが近接戦を仕掛け、そのサポートをエリカが行う。


 一足で目の前にやってきたイルゼ。


 鋭い銀閃が月光に照らされてちかちかと煌いた。


「はああッ!」


 イルゼ渾身の連撃が炸裂する。


 俺が見ていない間にもイルゼは成長していた。


 前より剣撃が鋭く感じる。


 ……いや、気のせいではない。おそらく前に戦った時は無意識に手加減していたのだろう。


 木剣でも人は殺せる。


 彼は心優しき男だ。それゆえに仲間である俺に攻撃することを本能が嫌がった。


 でも、いまは本気だ。本気で俺を超えようとしている。


 それでも俺は超えられない。1が2や3になろうと10には敵わない。それだけの話だ。


 俺は鋭く斬り込んできたイルゼの剣をかわすと、彼が一歩前に踏み込んだタイミングに合わせて拳を放った。


 ちょうどイルゼの胸元に当たる。


「かはっ!?」


 胸元を、勢いのままに叩かれたイルゼは、空気が抜けて後ろに転がる。


 いまのは俺の腕力じゃない。イルゼ自身の運動エネルギーが反射して返ってだけ。


 こういう技は体力を温存したい時に便利だ。


「どうした? これで終わり——でもないか」


 喋りながら剣を盾にする。


 俺の剣にエリカの槍が当たった。


 いつの間にかエリカが俺の側面に展開している。


 槍の長所を活かした中距離からの攻撃だ。それを涼しい顔でガードする。


「やっぱり上手くいかないわね……いまの、結構自信あったんだけど」


「槍なら突き技のほうが速いですよ、団長。それでもさすがに気づきますけどね」


「だったら突き技もお見舞いしてあげるわ!」


 槍を引き戻すエリカ。


 彼女は構えを変えると宣言通りに高速で突きを放った。


 それを紙一重でかわすと、すぐに槍は引き戻されまた突き技が飛んでくる。


 その速度は高速。雨のように俺の眼前を満たした。


 もちろん避ける。


 突き技は攻撃速度に優れるが、斬撃や薙ぎ払いに比べて面での攻撃に劣る。


 相手の動きさえ見えていれば避けるのは簡単だ。


「まただよッ!」


 エリカの攻撃を踊るようにかわしながら近づいていく俺。


 そこへ、復活したイルゼが刃を向けた。


 エリカの攻撃の邪魔にならないよう反対側から剣を振る。


 前回の反省を活かし、エリカが逐一妨害をしながらメインでイルゼが斬り込む。


 なかなか様になっていた。


「ひょっとして練習でもしました?」


「悔しかったからね!」


「納得です」


 どうりで動きがいいわけだ。


 それでも俺は負けない。


 エリカの攻撃を避けて、イルゼの剣を弾いてスキルを発動する。


 ————悪魔の手。

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