第187話 三つの大義

 聖騎士とぶつかる。


 相手の力量は少なくとも俺より低かった。


 一人一人が相手なら確実に勝てる。たとえ聖騎士側の人数が増えようと、スカディが使役する動物たちと連携すれば問題はない。


 騎士たちと刃を交え、悪魔の手を使いながら順調に戦いを優勢に導いていく。


「チッ! それだけの力を持ちながらなぜ貴様は罪人に手を貸すのだ! 望めば聖騎士の座にすら上れるだろうに」


 俺の腕力によって弾かれたリーダー格の男性が、地面をがりがりと削りながらそう言った。


「聖騎士……ね。魅力的な話ではあるな」


「そうだろう? いまからでも遅くない。元聖女スカディをこちらに引き渡せ。私が貴様の処遇を上にかけあってやろう」


「——だが断る」


 きっぱりと男の話を拒否した。


 男の目つきが鋭くなる。


「……いいのか? お前がいくら頑張ったところで、元聖女スカディの罪が消えるわけではない。何が目的で再び聖王国に戻って来たのかは知らないが、あの女に帰るべき場所などないぞ! いずれ全世界に指名手配される! それでも守りきれると言うのか!?」


「当然。俺はスカディを絶対に守ると誓った。その約束を違えるのはあまりにもカッコ悪い」


「自らの矜持に焼かれるというのか……愚かな」


「お前らには言われたくないな。あっさりと聖女を裏切りやがって」


 何が聖騎士だ。何が罪人だ。何が正しき正義だ。


 そこには神も仏も存在しない。ただ人間が決めた悪意だけがある。


 そんなもの俺は認めない。必ずスカディを陥れた奴を倒す。だからどんな条件を言われてもそれを受け入れることはなかった。


 剣を構え、強い拒否を示す。


「お前たちはもっと考えるべきだった。自らの意思を前面に出し、与えられた命令が正しいのかどうかたしかめるべきだったんだよ」


「黙れ! 我々の刃は聖王様のためにある! 聖女の名を騙ったあの女を許すわけにはいかないのだ!」


「頭でっかちが。それが間違いだって気づかせてやる!」


 俺は地面を蹴った。


 一瞬にしてリーダー格の男性の目の前に肉薄する。


 男は咄嗟に剣を盾にした。俺の攻撃を防ごうとする。


 だが、俺の身体能力は騎士たちを遥かに上回っていた。お互いの剣がぶつかり合い、リーダー格の男は吹き飛ばされる。


 続いて、それを見ていた他の騎士たちが俺の下にやってくる。


 その瞳には明確な殺意が宿っていた。


「粛清を!」


「正義の刃を!」


「お前らにそれを語る資格はない」


 二人の騎士の攻撃を避ける。


 体勢を整えたリーダー格の男が剣を構えて走ろうとしていた。


 それを視界の隅で捕らえ、目の前の騎士たちを蹴りで横に転がす。


 正面から突っ込んできた男には悪魔の手を発動。不可視の手がリーダー格の男を拘束する。


「ぐっ!? またこの謎の力かッ!」


 捕まったリーダー格の男が拘束を力技で抜けようとする。


 しかし、俺のスキルはレベルが高い。リーダー格の男では抜け出すことはできなかった。


 その間に俺がまたしても男に近づく。


 いまなら確実に攻撃を当てることができる。


 振り上げた剣がまっすぐに男の体を斬り裂いた。


 鋼鉄の鎧を切断し、男の生身の肌に傷がつく。


 もう男に戦闘するだけの体力はない。だが、じっとしていれば治癒スキルで治る程度の傷。


 殺しはしない。覚悟を決めてはいたが、殺さなくても無力化できるならそれに越したことはない。


 倒れ、膝を突いた男を見下ろす。


「これがお前と俺の覚悟の差だ。命令されるだけのお前に、本物の大義はない」


 それだけ言って踵を返す。


 俺の背後ではスカディの動物たちが騎士たちを押さえ込み圧倒していた。


 大半の騎士は俺が倒した。残りの騎士たちは動物が数に言わせて無力化する。


 これで後はスカディたちの下に行けば問題は解決だ。


 そう思って走り出そうとした——その時。




「————ッ」




 俺の足がぴたりと止まる。


 遠くから覚えのある巨大な魔力の反応を感じた。


 その魔力を発しているであろう人物が、凄まじい速度でこちらにやって来る。


 咄嗟に剣を構えて相手を迎え撃つ。


 数秒後。茂みから飛び出してきた剣士と刃を交える。


 ——キィィィンッッッ!!


 お互いの剣がぶつかり合う。


 甲高い金属音を鳴らし、魔力を発していた人物が俺の目の前に現れた。


 その人物とは……。


「やっぱりお前だったのか……イルゼ!」


 金髪の勇者ことイルゼ。この世界の主人公だった。


「ネファリアスくん……君を迎えに来たよ。必ず倒して……引きずっていく!」


「俺を迎えに来た? お前が?」


「まあね。君が覚悟を決めたように、僕もまた覚悟を決めたんだ。たとえ聖女たちを殺すことになっても……君を取り戻すと!」


「なるほど。そう来たか」


 まさかその考えにあのエリカが乗っかるとは思わなかったな。


 遅れて、もう一つ巨大な魔力を放つ塊がイルゼの背後から姿を見せた。


 槍を持ち、臨戦態勢の騎士団長——エリカが。

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