第186話 覚悟と決意

「……え? 僕たちに依頼?」


 それはネファリアスが王都を出発する少し前の話だった。


 王宮の一角、謁見の間に呼び出された勇者イルゼと団長エリカに、玉座に座った国王が告げる。


「うむ。聖王国側からの正式な要請だ。使者たちとは別に、勇者殿には聖王国へ赴いてほしいという」


「なんでこのタイミングで僕たちが……。いくらなんでも急すぎませんか?」


「気持ちは分かるが、実は要請自体は前から送られていた。そちらにいる団長殿は承知しておるよ」


 国王の視線を受けてイルゼの背後にいるエリカが小さく頷く。


「ええ。陛下の言う通り、話だけは聞いてました」


「なんで僕だけ秘密だったの!?」


「別に秘密にしてたわけじゃないわ。状況が悪かったの。その時は確定でもなかったし、勇者様には訓練に集中してほしかった。ごめんなさい、勝手な判断で困らせてしまって」


「う、うーん……本気で謝られると僕は弱いね。理由があるならいいよ。前に、そういう政治方面の話とか僕は聞いても理解できないし、エリカのほうで決めちゃっていいよ! って言ったしね……。僕はただ自分がやるべきことを伝えてもらえれば充分さ」


 勇者イルゼはエリカの言葉に開き直る。


 実はエリカがイルゼに聖王国の件を伝えなかった本当の理由は、現状とネファリアスにあった。


 イルゼに話せば確実に動揺する。それがネファリアスや周りに伝わることをエリカは恐れた。だから隠したのだ。


「では勇者殿も納得してくれたことだし、改めて君たちには聖王国へ向かってほしい。準備に数日かかるかね?」


「そうですね……あらかじめある程度の準備は済ませてありますが、三日後には出発できるかと」


「分かった。では急いで準備を済ませ、勇者殿と団長殿は聖王国へ向かうのだ」


「「畏まりました」」


 国王の指示に同時に二人は頭を下げる。


 そこで謁見は終了し、イルゼもエリカも騎士団の宿舎に戻った。


 しかし、その翌日にはネファリアスが姿を消し、訓練への不参加を怪しんでも誰も追及はしなかった。


 三日後。王都を出発する直前になって、イルゼたちは気づく。ネファリアスが王都から姿を消したことに——。




 ▼△▼




 王都正門前。


 集まった騎士たちの先頭で、勇者イルゼは暗い表情を浮かべていた。


 彼の背後に近づいたエリカが、呆れた様子でため息を漏らす。


「まだ気にしてるの、イルゼ」


「エリカ……そりゃ気にするだろ。ネファリアスくんがいなくなったんだ」


「気にしすぎるのはよくないわ。ネファリアスにはネファリアスの道があり、それがたまたま私たちとは重ならなかったってだけ。彼は決めたの。そういう生き方を」


「無理だよ……僕はエリカほどすっぱり割り切れない。この後、聖王国で彼と会ったら何を話せばいいのか分からないんだ」


「殴ればいいんじゃない?」


「……え?」


「だから、殴ればいいのよ。グーで。なんで仲間たちを……僕を見捨ててどこかへ行ったんだ! この裏切り者~——って」


「いやいやいや! いきなり殴るなんておかしいだろ!? エリカは物騒だよ……」


「そうかしら? ネファリアスもそういう反応のほうが分かりやすくて納得できるかもよ?」


「納得……?」


 勇者イルゼは首を傾げる。団長エリカの言葉が理解できていない。


 彼から視線を受けたエリカは、にんまりと口角を上げて答えた。


「そ、納得。いきなり申し訳なさそうな顔であなたと対面しても、きっとネファリアスは同じ気持ちを抱く。どうしたらいいんだろうって。だからそこを全力で倒すの。殴って、ネファリアスをこちらに引き込めばいい」


「そんな簡単にいくかな? 彼は強いよ」


「いくかな? じゃなくてやるのよ。私たちがネファリアスを諦めないかぎり、彼との道は途絶えない」


 グッとエリカは拳を握り締めた。まるで自分に言い聞かせるように続ける。


「たとえネファリアスを裏切る行為をしようと、たとえネファリアスが絶望しようと、それでも私たちは私たちになりに進むしかない。殴って抱きしめて、それでネファリアスを取り戻すの。それじゃあダメかしら?」


「……ダメ、じゃない」


 エリカの言葉でイルゼは何かを得た気がした。


「そっか……僕にはまだ覚悟が足りなかったらしい。ネファリアスくんに嫌われる覚悟が」


「いまはどうかしら」


「やるよ。僕はネファリアスくんに嫌われてでも彼をこっちの道に引き戻す。それがスカディの死に繋がろうと……僕は、彼だけは助けたい!」


 イルゼもエリカのように拳を握り締めた。


 先ほどまでの暗い表情が嘘のように晴れ、その瞳には強い決意の感情が宿る。


 ネファリアスが元聖女スカディたちを優先したように、イルゼたちもまたスカディたちよりネファリアスを優先することにした。


 最初からそれでよかったのだ。ネファリアスのためなら……イルゼたちはその手を血で染めることすら戸惑わない。


 イルゼが手綱を強く握り締めて門のさらに奥に広がる森を睨んだ。


「——よし。行こうか、エリカ」


「ええ、出発よ。目的地は……聖王国の首都!」


 まるでネファリアスたちを追いかけるように、騎士が馬車を率いて移動を開始する。


 エリカとイルゼはもう——迷わない。

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