第185話 悪役

 茂みの奥から複数の動物が姿を見せる。聖女スカディの使役する動物たちだ。


 クマ。鳥。オオカミ。ネコ。ライオン。その種類は多岐に渡るが、共通する点が一つだけあった。それは……彼らが俺の仲間であるということ。


 細められた鋭い視線が、俺を挟むように展開している騎士たちを睨む。


「こ、こいつらはまさか……スカディが使役する動物かッ!?」


「正解。気づくのが遅かったな。俺は彼らを待っていたんだよ!」


 形勢が逆転する。数の有利すら失った聖騎士たちは、スカディが使役する動物たちを見てわずかな困惑を浮かべた。その隙を俺が突く。


 素早く前に前進。リーダー格の男を無視して、その部下に肉薄した。


「ッ!」


「反応が遅れてるぞ?」


 俺の接近に騎士の一人が反応する。だが、あまりにも遅い。気づいた時にはもう相手の懐に入っていた。


 ここは俺の攻撃範囲内。身体能力で最初から俺に劣っている騎士では、ワンテンポの遅れはあまりにも致命的すぎた。


 スカディの使役する動物たちを見て動揺した結果だ。熟練の猛者たちとはいえ、状況の悪さに動揺は隠せないらしい。ここまで近づけば俺にはいくらでも攻撃の手段があった。


 まずは剣。ギリギリ剣が触れる距離感を保つ。ここから剣に〝呪い〟スキルを付与して攻撃する。


 力は必要ない。大事なのは攻撃を正確に、確実に当てること。俺は構えすらせずに、乱暴に剣を薙いだ。腕力によるゴリ押し。だからこそ——速い。


「ぐあッ!?」


 騎士の防御は間に合わなかった。俺の一撃を胴体に受け、鎧を貫通して衝撃が走る。同時に甲高い音が鳴った。


 聖騎士の鎧が切断された音だ。真っ二つに斬り裂くことこそできなかったが、最初の騎士のように俺の刃が相手の肉体へ届いた。わずかに鮮血が飛び出す。


 これで呪いスキルの条件を達成。相手には弱体化の状態異常がかかる。


「ついでにこれも喰らっとけ!」


 よろよろと後ろに後退した騎士。そんな騎士の負傷した腹を全力で蹴った。


 今度は鈍い衝撃を受けて遠方に吹き飛ぶ。


 鎧の重さ。重力。衝撃。それらがかけ算式で組み合わさってより大きなダメージを与える。


 ごろごろと地面を転がった騎士は、苦悶の声を漏らしながら倒れた。


「チッ! 調子に乗るなよ犯罪者風情がッ!」


 仲間がまたしても俺に倒された。それが引き金になったのか、背後にいたリーダー格の騎士が俺の背後から奇襲を仕掛ける。


 けれど声を出しては意味がない。冷静さを怒りが上回った証拠だ。


 その場に立ったまま、ちらりと後ろへ視線を送る。


「奇襲するなら黙ってやれよ」


 まあ、たとえ無言で剣を振ったところで意味はなかったが。


 こちらに迫るリーダー格の騎士は、しかし直前で横からクマによる突進を受けて吹き飛ばされた。


 先ほど増援にやって来たスカディの動物たちを忘れていたのか? こいつらはスカディに俺の支援をするよう言われている。決して無視できる存在ではない。


 吹き飛ばされたリーダー格の騎士が地面を転がる。ギリギリ防御が間に合ったのか、元気に立ち上がって剣を構えていた。


「へぇ……意外とやるじゃん。いまの攻撃を咄嗟にガードしたのか」


「ハァ……ハァ……俺は、簡単にはやられんぞ!」


「どうだかね。もう息が上がってるぞ? 聖騎士さん」


「黙れ! 俺の仲間はほかにもいる。すぐにそいつらがこちらにやって来るだろう。そうなったらまた数の差はひっくり返る!」


「結局他力本願かよ。気持ちは分かるけどもう少し偉ぶってみせたらどうだ?」


「言っただろ……勝てばいいとな!」


 遅れてリーダー格の騎士が言ったように後続の騎士たちが馬に乗ってこちらにやって来た。


 次々と馬から降りて臨戦態勢を取る。


「ハハハ! これで逆転だ! どうする犯罪者共! いまならお前だけは逃がしてやってもいいぞ、男」


「はぁ? この期に及んで俺を逃がすのか?」


「お前は特別だよ。我々が争ったところで意味はない。ここは穏便に、かつ無意味なことはしないでおくのはどうだ? お前とて犯罪者になりたくはあるまい? 自分の命が大事なはずだ」


「……なるほどね」


 たしかに自分の命は惜しい。誰だって自分の命をドブに捨てるような馬鹿はいない。人生を諦めるほどの何かがあったわけでもないしな。


「分かるだろ? なら大人しく退け。今回は何もなかった。そういうことでいいだろう?」


「——残念。お前の常識ではここで退くのが当然みたいだが……俺の常識は違うな」


「貴様……この状況でまだ楯突く気なのか!? 何がそこまで貴様を駆り立てる!」


 リーダー格の騎士がたまらず吼えた。怒りと恐怖、不安の感情がそこには混ぜ込まれている。


 俺はくすりと笑ってただ完結に答えた。それ以外はありえないと言わんばかりに。


「大切な人を守りたい。それ以上の理由は必要ないだろ?」


 剣を構える。周りにいる動物たちが俺を囲み、ギラギラとした瞳を騎士たちに向けた。


 それは紛れもない交戦の意志。


 騎士たちはわずかに狼狽えながらも同じように剣を構えた。リーダー格の騎士がやや呆れた声を出す。


「……やれやれ。千載一遇のチャンスを逃すとは哀れな……。いいだろう。ここでお前を殺し、稀代の悪役に仕立ててやる!」


「ハッ! もう悪役は足りてるよ!」


 騎士と俺と動物たち。それぞれが同時に地面を蹴った。

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