第183話 逃げきれない

 夜。


 聖騎士たちを撒いた俺たちは、聖騎士たちを警戒して夜の闇に隠れながら夕食を摂っていた。


 本当は寒くなってきたから焚き火でもしたいところだが、炎や煙に気づかれたら面倒なことになる。だから、光を我慢して暗闇の一角に腰を下ろしていた。




「これで完全に聖騎士を撒いたんでしょうか……」


 静寂の中、ぽつりとスカディが声を漏らす。


「どうだろうね……俺が相手の立場だったら簡単には逃がさない。たぶん、まだ近くにはいると思う」


 聖騎士の役目は国の防衛と罪人の拘束。聖王国側がわざわざ聖騎士たちを外に待機させるくらいだ。きっと簡単には諦めない。


 それで言うと、時間をかけるほどに相手に見つかるリスクがあった。本当なら急いで聖王国領から撤退したいが、俺はともかくリーリエたちの体力がもたない。


 先ほどの攻防ですでにかなりの体力を消費している。あまり調子に乗って動けば、いざという時にバテて捕まる可能性があった。それを危惧してここで休んでいる。


「聖騎士の中には索敵スキルを持つ者がいます。ネファリアス様にやられているとはいえ、すぐに目を覚まして追って来るでしょう。相手は馬。こちらの移動速度ではいずれ追いつかれますね」


「その前に一度国境を越えるしかない。さすがに相手も、そこまで遠くまで追って来ないだろ」


 冷静なシロの意見に同意を示しながらも打開策を提示する。


 聖騎士たちは聖王国の精鋭。ほいほい国の外には出せないと俺は踏んでいる。


 異端審問官たちが外に出ているのは、聖騎士が国を守っていることも関係していた。


 逆に言えば、どちらかが外にいる間はもう片方は外には出れない。ゆえに、国を跨いで逃げれば相手も撤退を余儀なくされるだろう。その上で追いかけてくるなら、その時は戦うしかない。


「簡単にはいきませんね……せっかく首都の目の前までやって来たのに」


 神妙な顔でリーリエがそうこぼす。


 彼女の不安も不満も理解できた。状況はあまりよくない。


「大丈夫だよ。聖騎士たちの裏をかく方法はある。もしもの場合は、俺が彼らを撹乱してその間にみんなが街に入ればいい」


「撹乱……ですか?」


 リーリエが首を傾げる。


「うん。あの壁を越えることができないなら、壁のそばにいてくれればいい。俺一人なら聖騎士から逃げるのは簡単だ。暴れて、みんなが街に近づく時間を稼ぐ。その後合流すれば解決さ」


 もちろんそう簡単にはいかない。いろいろな障害が立ちはだかるだろう。けれど、全員で立ち向かうよりは遥かに効率的だ。


「だから心配しないで。いまは前だけを向いていこう」


「ネファリアス様……そうですね。最後まで足掻いてやりましょう! 私たちはまだ負けていません!」


 グッと拳を握り締めてスカディがやる気を見せる。


 クロエもリーリエもそれに続き、俺たちの空気がよくなった——タイミングで、それは現れる。




「グルルルルッ!!」


 低い呻き声を漏らしながら数匹の獣が茂みから出てきた。


 狼の魔物だ。その数は五匹を超えている。


「ッ! 魔物ですね」


「逃げた先にいたっぽいね。スカディの警戒網が完成する前に遭遇するなんて……」


 スカディは常に周囲に動物を放って広範囲の索敵を行っている。それに引っかからない場合、先に魔物がそこにいたと考えるのが正しいだろう。


 剣を抜いて俺が前に出る。


「みんなは下がってて。こいつらの相手は俺がする」


「解りました。気をつけてください、ネファリアス様!」


「任せて。楽勝だから」


 剣を手に地面を蹴る。魔物たちも同時に地面を蹴って俺の下に迫る。


 相手は速度に優れた魔物だが、それでもレベルを上げた俺には劣る。鋭い爪による攻撃が届く前に相手の体を刻んだ。鮮血が月の光に照らされてキラキラと輝いている。


「キャウンッ!」


 魔物にしては可愛らしい断末魔の叫びが漏れた。


 静寂に満ちていた森の中では飛びきり大きな声に聞こえる。けれど、俺は気にせずさらに剣を振る。


 鈍色の刃が次々に魔物の命を奪い、最後の一匹に狙いを定めた時、——スカディが叫んだ。


「こ、この反応……! まずいですネファリアス様! 近くに……近くに聖騎士たちが!」


「マジかッ!」


 このタイミングでこちらにやって来るのか、聖騎士!


 完全にしてやられたな。いずれ来ることは解っていたが、よりにもよって魔物が出てきたタイミングで聖騎士が追ってくるとは。


 正確にこちらの位置を把握してるっぽいし、俺が倒した索敵担当の騎士が復活したっぽい。


 そうなるとこの状況では逃げることはできない。相手は馬。いくら森の中とはいえ、馬が通れるほどのスペースはある。確実に追いつかれるだろう。


 俺は最後の一匹を討伐すると、素早く考えて覚悟を決めた。


「しょうがない……もう一度聖騎士たちを倒すしかないようだね」


「戦うのですね……ネファリアス様!」


「ああ。スカディも協力してくれ。今日、この場で聖騎士を倒し、街を目指す!」


 そう宣言してすぐに、馬の足音が聞こえてきた。

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