第181話 最悪の遭遇
スカサハたちとともに町を出る。
夜中に、それも逃げるように町を出る俺たちは本当に犯罪者のようだ。
事実、町に不法侵入してるから犯罪者なのだが、何度やってもこの微妙な心境に変化はなかった。慣れない、というのはこういうことなんだろう。
それでもたくさん食料を買い込み、身嗜みも整えることはできた。
心もリセットし、清々しい気持ちで夜の森を歩く。
「ここから先、まっすぐ行けば聖王国にたどり着きます。ようやく……ここまで戻ってきましたね」
薄暗い雑草道を歩きながらスカサハがそう呟いた。
ほかの二人はいっそう気を引き締めている。
「緊張するのは悪いことじゃないけど、まだ聖王国でもないんだし、あんまり気にしすぎない方がいいよ」
顔の強張った三人にそう声をかけると、くすりとスカサハが笑った。
リンディもシロもわずかに表情が緩くなる。
「ネファリアス様はあまり緊張されている様子はないですね。普段どおりに見えます」
「実際、緊張してないからね」
「お~! さすがネファリアス様。緊張しない秘訣とかありませんか!? わたし、よく緊張するので……」
ばっと手を上げてリンディが訊ねてくる。彼女はあれだけ度胸があるのに緊張するのか。怖いのは平気とか……?
「うーん、そうだねぇ……緊張しない秘訣か……」
訊ねられたその問いは、少しだけ難しい内容ではあった。
俺が緊張しないのは能力に裏づけされた結果にすぎない。俺だって自分が想像以上に弱かったら緊張くらいしている。
けど、俺はたとえ異端審問官が相手でも薙ぎ払って生き残る自信があった。だから敵の根城に近づこうと緊張しない。
彼女たちにそれを伝えたところでなにか参考になるだろうか?
一応、訊ねられたからには答えるが。
「俺の場合は自分の実力に自信があるからかな?」
「自分の実力に自信が……? それだと緊張しないんですか?」
「まあね。異端審問官が相手でも勝てる自信があると、意外に気持ちがスッキリするものさ」
「なるほど……ネファリアス様の言いたいことはなんとなく解りました。要するに、心の余裕を自身の能力が支えていると」
「シロは言葉が上手いね。そのとおりだよ」
的確な突っ込みに笑いが漏れる。
リンディもスカサハも、シロの言葉を聞いて「なるほど~」と納得していた。
やっぱりこんな世界だからね。自分の実力が高いに越したことはない。
「それで言うとスカサハも結構緊張しないタイプ?」
「わ、わたしですか?」
「だってスカサハのギフトは戦闘に向いてるじゃん。異端審問官からも逃げ切ったし」
「……そうですね。わたしは自分のギフトに誇りと自信があります。全力を出せば異端審問官にだって勝てる、と」
「どう? 自信出てきた?」
「……び、微妙にですね」
「なぁんだ。スカサハはネファリアス様みたいに堂々とできないねぇ」
あはは、とリンディが笑う。スカサハはどこか気まずい表情を作って視線を逸らした。
彼女のギフトの強みは、できることの多さにある。たしかに戦闘にだけ絞った場合はそこまで強くないのかもしれない。
少なくともいまはね。
「ま、みんなは俺が守るから平気さ。誰が相手でも負ける気はしない」
それこそ悪魔や魔王が相手でも必ずスカサハたちを守りきってみせる。
そう結論を出し、俺たちはさらに聖王国へと近づいていく。
▼△▼
夜通し歩く。
休憩を挟みながら何度も歩く。時間の感覚は薄れ、繰り返し太陽と月を眺めた。
この世界はあまり開拓されていない。国を跨げばすぐに広大な自然が溢れる。
だから変わらぬ世界の様子に、誰もが退屈と虚しさを抱いていた。
それが変わり始めたのは、数日後の昼。視界に映ったそれにリンディたちが気づいた。
「——あ! もしかしてあそこにあるのって……!?」
叫び、リンディが走り出す。
慌てて俺たちはその背中を追いかけるが、リンディは少し前に向かってすぐ止まった。
人差し指を向けて言う。
「見てください、ネファリアス様! あそこが聖王国にある首都〝ルミナス〟ですよ!」
はしゃぐ彼女の隣から、リンディが示した方角を見る。
視線の先には、たしかに白塗りの大きな壁に囲まれた街のようなものが見えた。
王都にも負けないほどの大きな街。あれが聖王国領に唯一ある街にして首都ルミナス。
神聖国家とも言われる国の総本山。
「やっとここまでたどり着いたのか……」
「敵の根城はもう目の前ですよ! 気を引き締めないといけませんね」
俺の呟きにリンディがそう返す。あとの二人もキリッと表情を固めていた。
いくらなんでもそんなに緊張しなくてもいい——と思っていたが、どうやら展開は俺の予想を上回る速さで進行していた。
俺たちの視線の先、街を守るように展開していた少人数の騎士たち。
その騎士たちが、森から出てきた俺たちを発見する。
まさか街からそれなりに離れてる場所にまで騎士たちが見回りを行っていたとは。
聖王国の本気が見えた瞬間、騎士たちがこちらに向かってくる。
「貴様たち……何者だ!」
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