第179話 裏の顔
「では、今後は聖女のことを最も注視する、ということでよろしいでしょうかね?」
スカサハが話をまとめて結論を出した。俺もシロもリンディもその意見に反論はない。揃ってこくりと頷く。
「それがいいと思う。いまのところ怪しいのがその聖女と異端審問官くらいだからね」
異端審問官は全面的に怪しいってだけで別に警戒はそこまでしていない。一番の問題は、その異端審問官たちのトップにいる聖女だ。
聖女の情報が少ないってのもそうだし、当の本人はこの状況をどう思っているのか。それがもの凄く気になった。
もしかするとただの一般人である可能性もある。その場合、俺たちが敵対するのは無意味に近い。
だが、聖女を操る黒幕がいる——と思うより、聖女そのものが黒幕だと考えた方が単純なのだ。
それくらい、今回の件はいろいろと聖女の方に視点が当たる。
まあ、答えを得るためにも結局は聖王国へ行かなきゃいけない。真の犯人を見つけるためにも、この目で聖女や聖王たちを見定めないと。
「このまま明日には食料を揃えて町を出よう。いまはとにかく急いで聖王国まで行かなくちゃ」
「はい。ネファリアス様の言うとおりですね。時間が経てば経つほど、聖王国への侵入が難しくなる」
「それだけじゃない。件の聖女が本物と世界に認知されることが一番問題だ」
そうなったらスカディを聖女の座に戻すことが難しくなる。
人の意見を変える場合、それなりの大衆意識も必要になるのだ。人間とは時に、小より大の考えを選ぶ可能性がある。
いわゆる集団心理というものだ。
「仮に聖女スカディが偽者だったと周りの人間までもが思ったら、君はたとえ聖女に戻れても茨の道を歩くことになる。そんなの俺が嫌だよ」
「たしかに厄介ですね……集団心理による世論への印象操作……。もしかして新しい聖女の目的はそれも含まれているのでは?」
「聖女スカディを国から遠ざけて、その間に見つかればよし。見つからなくても世間的な評価を下げてしまえばいい……と?」
「ただのわたしの勘に過ぎませんが」
「いや……俺もそれは考えたことがある」
クロエの考えは決して間違っているようには思えなかった。
彼女の考えが間違っていた場合、敵は相当馬鹿……というか、あまり考えないで突き進む傾向のある女の可能性が出てくる。
そうなると周りが止めるだろうし、いくら聖女でも聖王の指示には従わなくちゃいけない。全てを自由にはできないはずだが……。
「ひとまず悩むのはあとだ。散々考えたけど、聖王国に行かなきゃ答えは出ない。答えが出なきゃ考えるだけ無駄だ」
このまま思考の海に身を投げてしまえば、結果的に時間だけ浪費することになる。
意見が出るのはいいことだが、逆に考えすぎるのは悪手だ。
俺的にはこれくらいの会話がちょうどいい。ばっさりと話題を切り裂き、夕食の準備に移る。
「いまはこれくらいにして、ご飯でも食べようか」
そう言ってインベントリの中から王都で購入しておいた食べ物や飲み物を出す。テーブルに並べられた食料を見て、スカサハたちの瞳が輝いた。
「そういえばまだ食事を摂っていませんでしたね」
「話に夢中になっちゃってた……さすがにお腹も空く」
「わたしなんてぺこぺこですよ~! ぐーぐー鳴ってました!」
スカサハ、シロ、リンディの順番に答え、それぞれ反応した順番に食べ物を手にする。
食事を始めた三人を見ながら、俺は内心で先ほどの考えを振り返る。
——新たな聖女のやりたいこと。
それがなにか解れば、今回の件の犯人にも近づけるような気がした。
特に怪しいのは聖女。スカディのことを捕まえようとするのは、おそらく聖王国では彼女くらい。それ以外ではデメリットがあまりにも大きすぎる。
ミスどころか順風満帆だったスカディを蹴落とすくらいの理由があるのか、聖女が聖女を偽って君臨しているのか。
その答えは……必ず聖王国で判明する。
やはり新たな聖女は消す必要があるのかもしれない。そう俺は思った。
▼△▼
ネファリアスたちが順調に聖王国へ向かう中、薄暗い部屋の椅子に座る少女が一人。彼女は開け放たれた窓の奥に見える美しい月を眺めながら呟いた。
「ふふ……あー、贅沢って最高! やっぱり聖女っていいわよねぇ。なんでも叶えてくれる。まるでお姫様のように」
手にしたカップには高級品の飲み物が。テーブルには、それに並ぶ最高級の食べ物が。
まさに贅沢三昧だった。それらを好きなだけ食べても誰にも文句を言われない。それがいまの聖女。
くすくすと彼女は笑う。本当に笑ってしまう。まさかこんなに上手くいくなんて——と。
そんな時、明かりを消していた彼女の部屋で大きく影が揺らいだ。それに気づいた聖女はにんまりと口端を持ち上げた。
「ずいぶんな言い様ねぇ。聖女だからじゃなくて、わたしのおかげで贅沢できているのよぉ?」
部屋の中に現れたのは、全身を黒い装いで覆う謎の美女。頭から生えた角や黒い肌、人間としての特徴を持ちながらどこかモンスターのように見える彼女を見て、聖女は口を開いた。
「ええ。重々承知してるわよ……悪魔さん」
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