第178話 聖女の思惑
酒場にて、軽食を摂りながら周囲の声に耳を傾ける。
すると、アルコールに酔った何人もの男性たちの話し声が聞こえてきた。
「ガハハ! それでよぉ、俺は言ってやったんだ! お前の女房は先日、別の男と会ってたってな!」
「ハハハ! マジかよ。最悪だな! それでどうなったんだ?」
「修羅場も修羅場。不倫相手はボコボコにされてたぜ。それで女の方は大泣き。自分が悪かったと叫びながら急に言い訳を始めてな」
「うわぁ……悪夢だな」
ほかにも。
「クソ……! 俺、頑張って働いたのに今月はもうこれしか残ってねぇ……。なんで酒ばかり飲んじまうんだろうなぁ……」
ほかにも。
「おいお前たち……いい顔してるじゃないか。このあと俺様と……やらないか?」
……みたいな会話があった。
最後のは聞かなかったことにして、たいていが自分や周囲への愚痴だな。酔っ払ってることもあってタガは外れてるが、内容がくだらなすぎて困惑する。
せめてもう少し世論に関して話をしてる奴はいないのかね……。
そう思った直後、タイミングよく複数の男性たちの一人がこう口にした。
「——あ、そうだ。お前ら聞いたか? 聖王国の聖女の件!」
「ッ!」
ビンゴだ。意識を全力でそちらに傾ける。
「聖王国の聖女ぉ? それってあれだろ? いまはたしか……」
「動物を操る能力を持ったスカディ様さ!」
「それがなんだよ」
「実はな? そのスカディ様が偽者だったって話が出てるんだ」
「はぁ? 何年も何年も聖女として勤めてきた聖女が偽者ぉ? それはまた……面白い展開だなおい」
「だろ? けど面白いのはそれだけじゃない。いま、聖王国には新たな聖女が誕生してるらしい。だから異端尋問官つう精鋭が元聖女スカディを探しているんだとさ」
「見つけたらどうするんかね」
「そりゃあ死刑だろ。聖女の名を騙った罪人だぜ? 聖王国では最も罪が重いはずだ」
「こえぇ~。でも、聖女だと気づけなかった教会側の落ち度でもあるだろ。まるでスカディ様だけのせいみたいになってるじゃん」
「まあなぁ。聖女ってたしか、神託を受け取って現れたかどうか解るはず。一度は神託されたはずのスカディ様が偽者ってどういうことだ?」
「さあな。俺たちには関係ない話さ。新たな聖女様がいるなら」
「違いねぇ」
ハハハ、と男たちは陽気な声を発して酒を飲み始めた。
それだけで充分だ。俺の意識は分散され、内心でいまの話を分析する。
——やはりここにも聖女が偽者である、という話は流れている。たぶん、流したのは聖王国側の人間だろう。それだけ本気ってことだ。
だが男たちが言ったように、一度はスカディを聖女だと認定した上でスカディを貶め、罪人として扱うのはどうなんだ?
普通に考えるとたくさんの反感と不信感を持たれることになる。
そこまでして新たな聖女を推す理由……周りがスカディを陥れたい、というより、その聖女側に問題があるように思えてしょうがない。
なぜなら、聖王国側で聖女を陥れたい人物の候補など、基本的に新たな聖女本人だけだ。正直、信仰心がない奴がいてもおかしくないが、可能性だけで言えば聖女が一番怪しい。
——やはり聖女をこの目で見るしかないな。
より疑惑は深まり、食事を終わらせた俺は金を払って酒場を出た。
▼△▼
酒場を出て急いで宿に戻る。
スカサハの部屋に集まって雑談していた三人の下に行くと、
「あ、おかえりなさいませ、ネファリアス様。早かったですね」
笑顔のスカサハたちが俺を出迎える。
「ただいま。思ったより情報が得られないかも、と思ってね。それと気になる話は聞けたから戻ってきたんだ。あまりみんなから離れたくないし」
「ッ!」
「あまり……離れたくない……」
「はわわわ!」
スカサハが驚き、シロが呟く。最後にリンディが顔を真っ赤に変えて俺を見ていた。
なんだか前と似た展開だ。首を傾げると、スカサハはぶんぶん首を横に振る。
「なな、なんでもないです! それより! 気になる話とは……?」
やや強引な話の転換。しかし俺はそれを気にすることなく彼女たちに酒場での話を聞かせた。
「…………って感じらしいよ。やっぱりここにも聖王国の手は伸びているね」
酒場で聞いた話を全て話し終えると、真面目な表情になったスカサハが口を開く。
「なるほど……聖王国では、おそらくわたしをもう罪人として扱っているでしょう。他国だとそうでもないのですね」
「聖王国ほどの信仰心はないからね。それに、一度決められた聖女を偽者扱いする方もどうなんだ、って意見もある」
人は簡単に人を信じるが、疑う人は一定数いる。
特に他国の問題に関しては、俺が知る世界より情報が伝わる速度が遅すぎて懐疑的な意見も多いはずだ。
「それに、ネファリアス様の意見ももっとも……。たしかに件の聖女が怪しいと考えるのが正しいように思えてきました」
話は最終的にそこへ着地する。
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