第176話 アレ

 俺とスカディたちは夜通し歩きながら森の中を抜けていた。


 道案内は動物を操れるスカディがいるから快適だ。鳥に上空から見渡してもらえば道を逸れることはない。


 その上で、休憩を挟みながら二日。とうとう、王都以外の最初の町に到着した。




 ▼△▼




「はあ……やっと着きましたね……」


「もう足が棒のようにですぅ……」


「さすがに疲れたわ……」


 スカディ、リーリエ、クロエの順番で近くの地面に座り込む。


 現在俺たちがいるのは、町を囲む十メートルくらいの外壁のそばだ。ここにも緑色の絨毯は広がっている。その上で腰を落とした三人を見ながら言った。


「いまの時刻がちょうど夕方だから……もう少し暗くなったら町中に入れそうだね」


「うぅ……本当にあれをやるんですね……」


「大丈夫大丈夫。ここは王都ほど壁が高くないし、そんなに怖くないはずだよ」


「ネファリアス様やリーリエ基準で言えばそうでしょうけど、一般人の目線に立つと怖いんですよ……」


「あれ? いま、さらっとわたしのこと一般人の括りから外しませんでした!?」


 スカディの声にリーリエが反応を示すものの、疲労からか彼女はなにも返さなかった。


 クロエも、


「そうね。外壁に穴でも開けてそこから這いずって入るほうがよほどマシってものよ」


 と弱腰になっている。クールな彼女が高所が苦手だとは思わなかった。


「外壁に穴かあ……そんなことしたら間違いなくバレるね」


「穴を開けるのは?」


「簡単だよ。俺ならたぶんできると思う」


 壊すだけならレベルの高い俺の得意分野だ。


 逆に繊細な行いが求められることは苦手。一人分の穴を掘って町中と繋げるとかね。そんなことするなら最初からぶち抜いてしまいたくなる。


「さすがネファリアス様……あなたにできないことのほうが少なそうですね」


「どうだろうね。それよりほら、三人とも水。しっかりと口を潤していくといい。町中でまた補給するけど、しっかり水分は摂らないとね」


 現状、体調を崩されるのが一番厄介だったりする。


 町中では身動きができなくなるし、町の外だと魔物たちへの危険と薬が買えないっていう不安が。


 一応、彼女たちのために熱冷ましの薬はある。食べやすい物も買った。しかし、体調を崩さないに越したことはない。


「ありがとうございます、ネファリアス様」


 三人とも俺から水の入った水筒を受け取ってごくごくっと勢いよく飲んだ。


 俺も水を飲みながら、彼女たちと夜までの間、他愛ない会話をする。


「ちなみにだけど、次の町を越えたら聖王国の領地に着くね。ざっと一週間ってところかな?」


「はい。わたしたちも乗り越えた道なのでそのとおりかと」


「でもスカディたちはどうやって町を越えて王都近隣までやって来れたの? 相当険しい道だったと思うけど……」


「ええ。それはもう苦難の連続でした。今回のように鳥が上空から道を正しつつ、魔物を倒して進む日々……。指名手配されていますからね、どの町にも寄れず……」


 話し出したスカディがどんよりと薄暗い感情を背負う。


 よく見ると、後ろにいるクロエたちも同じだった。それだけ過酷な旅をしてなんとか俺たちの下に辿り着いたのだろう。


 その結果、勇者と騎士団長には仲間になってもらえなかったが、俺という協力者は増えた。


 彼女たちの行いは決して無駄ではなかったのだ。


「それは……大変だったね」


「ただ、そのおかげでネファリアス様と出会えました。勇者様には協力を断られましたが、ネファリアス様と会えただけでもわたしたちの選択は間違っていないと解ります!」


 ぐっと拳を握り締めてスカディがそう言った。


 俺も彼女にそう言ってもらえると嬉しいよ。クロエも同意を示す。


「そうね。正直、あのまま聖王国に留まっていたら間違いなく異端審問官たちに見つかっていたわ。そうでなくとも、食料やらいろいろな問題に苦心していたはず。こうしてまともな生活が送れるのは、全部スカディの判断のおかげね」


「そ、そんな……えへへ」


 まんざらではなさそうだった。


「まあ、問題はまだ終わっていないけど、みんな肩の力は抜いていいからね? いざとなったら四人で王国や聖王国から逃げればいいんだし」


「逃げる?」


 スカディがこてんと首を傾げた。


「そ、逃げる。三人に加担したことがバレたら俺も犯罪者だし、バレなかったらバレなかったらで動きやすい。だから、みんなでもう聖女奪還なんて捨ててどこか田舎でゆっくり暮らそう。自分を含めて四人くらいなら俺一人でも養えるさ」


 そう言うとスカディたちは一気に顔を赤くした。爆発でもするんじゃないかってくらい。


「そ……それは……」


「いわゆるアレ、よね?」


「アレ、ですよね!?」


「アレ?」


 ちょっと三人がなに言ってるのか解らなかった。


 だが、なぜか三人ともひそひそ話すだけで「アレ」のことは一切説明してくれない。


 でも不思議と嬉しそうだからいいか。夜が来るまでの間、のんびりと話は続くのだった。

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