第173話 動き出す

 昼。


 王都に聖王国からの使者が現れた。


 複数の怪しいローブの護衛を引き連れた四十代くらいの男性たちだ。


 男性たちは通された謁見の間にて、国王や勇者、それに俺や騎士団長のエリカと対面する。


「お久しぶりでございます、国王陛下。ご尊顔を拝謁できる喜びに感謝を」


「こうして聖王国との繋がりを確認するのもたしかに久しいな。前は聖女殿が我が国を訪れたと記憶している」


「はい。このたびはその聖女に関してお話があり、こうして訪問させていただきました」


「聖女様に関してとな?」


 国王は聖女スカディの話を知らない。


 部下であるエリカや勇者イルゼが漏らしていないかぎりは、懐に偽りの聖女と呼ばれるスカディがいることを知らないのだ。


 恭しく頭を下げた使者の男性が、そんな国王の顔色を窺うように見つめてから言った。


「我が国ではいま、大きな問題が起こっています。これまで聖王国で聖女を務めていたスカディが——偽者だったという問題が」


「なに……? 彼女は偽者だったのか!? そうは見えなかったが……」


「事実、いまは別の女性が聖女の座についています。その能力はたしかなもの。こちらとしては、元聖女スカディの指名手配を行っております」


「ううむ……たしかにそれは大きな問題だ」


 国王は唸る。


 この世界において聖女とは、勇者を支え共に魔王を倒す存在だ。それだけに、勇者の次に権力を持ち人類の希望となる。


 そんな聖女が偽者だと判れば大問題。下手をすると、国すら揺るがしかねない騒動に発展する。


 だから聖王国の使者はわざわざ王国まで足を運んだ。もしかすると、元聖女スカディがこの国に迷い込んでいる可能性があると。




 ——正解だ。


 彼女たちは命懸けで勇者や騎士団長エリカたちに会いに来た。


 結果的に助けられることはなかったが、代わりに俺が彼女たちに手を差し伸べた。


 いまでは王国の一角にある安宿に泊まっている。それを知るエリカやイルゼは、しかしそれでも俺との約束を守ってなにも言わない。


 事情を知らぬ国王もまた、


「して、その元聖女スカディの指名手配を我が国でも行いたい……ということかな?」


 と使者の男性に告げた。使者の男性は素直に頷く。


「そのとおりでございます。我々は聖女の名を冒涜したスカディを許すわけにはいきません。必ずや捕らえ、相応の罰を与えます」


「解った。こちらでも警備隊や兵士たちに通達しておく」


「ありがとうございます、国王陛下。陛下の聡明さに、我々は深く頭を下げ感謝を示します。今後とも、王国とはよき隣人であることを祈ります」


「うむ。我らも聖王国とはよき関係を続けていきたい。ひとまず使者殿は、本日は王宮に泊まられるといい。何日滞在する予定だったかな?」


「予定では一週間ほど」


 ——一週間か。意外と長いな。


 その間、聖王国側に数名の異端審問官がいなくなるわけだ。そのリスクを背負ってでも、数名の異端審問官を連れ王国にやってきた。


 使者の男性の後ろにいるのがその異端審問官だろう。フードから覗く顔、その眼光が実力者であることを物語っている。


「一週間か。ほかになにか質問はあるかね?」


「……いえ、特には。ありがとうございます陛下」


 ぺこりと聖王国からの使者は頭を下げて謁見の間から退場した。


 短いやり取りの中にも収穫はあった。スカディたちの言うとおり、敵は相当スカディたちに執着している。


 宗教国家でもある聖王国なら正しい姿だと言えるが、わざわざ国を跨いでまで来るか普通?


 きな臭いな。本気であればあるだけ事実を知る俺からすれば怪しい。


 あの使者や護衛の異端審問官たちを捕らえて尋問できれば話は早いが、ミスして逃げられたり負けた場合は本当に戦争になりかねない。


 魔王を前に人間同士で争っている暇はない。それに王国に迷惑をかけたくもない。普通に生活している国民たちは本当になにも知らないのだから。




 話し合いが終わり、俺やエリカたちもまた謁見の間から退場する。


 エリカもイルゼも俺に声はかけなかった。無言の視線を感じてこくりと頷く。


 ——解っていますよ。この一週間の間にバレたら問答無用で敵に回るってことでしょ?


 すでに何度も覚悟している。


 それにバレたりはしない。なぜなら俺たちは、——この間に聖王国へ向かおうとしているのだから。




 ▼△▼




「いま、この街に異端審問官たちが……」


 宿に向かった俺は、そこで使者の話をスカディたちに聞かせた。


 神妙な面持ちでスカディこそスカサハは呟く。


「どうしますかネファリアス様。このまま一週間を耐えられれば、使者は聖王国に帰るんですよね?」


「うん。彼らの予定が急に変わったりしなければ帰るだろうね、リンディ。けど、その時には国中にスカサハたちの指名手配が回っている。まともに外へ出ることもできないだろう」


「覚悟はしていました」


 クロエことシロが即答する。彼女の瞳には忍耐の文字が宿っている。


 だがそれをあえて俺は否定した。




「シロたちの覚悟を無意味にするようで悪いけど……俺はこの間に国を出るべきだと思う」

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