第172話 迫る運命
スカサハたちとの観光から一日。
騎士団の宿舎に顔を出した俺は、団長エリカに告げられた。
「今日の午後、聖王国からの使者が王都にやってくるわ。恐らく聖女スカディに関する話でしょうね。それを聞くために、騎士代表としてあなたと私がイルゼとともに謁見の間に行くわよ」
「……とうとう、来たんですね」
この日が。
「ええ。一応、あなたにはこう言うべきね。——覚悟しておきなさい。どういう展開になるかは解らないけど、きっと良い方向へ転がるとは思えないわ」
「承知の上です」
最初から全て解っていたことだ。
いつまでも彼女たちとともに幸せを享受できない。やがて使者が訪れ、ここでも聖女スカディは指名手配される。
受け入れていたことではあるが、前世の記憶がある分、受けるダメージはそれなりに大きい。
暗い表情をしていたのか、団長エリカが通り過ぎる際に俺の肩に手を置く。
「まあ、向こう側はここに聖女がいることは知らないわ。精々全力で隠し通しなさい。そういう道をあなたは選んだのだから」
「団長……」
「ふふ。私もネファリアスのせいで少しばかり悪い子になったわ」
「ありがとうございます。ですが……」
「なに? まだ不安が?」
「いえ。団長は悪い子ではありませんよ」
「あら、なかなか殊勝ね」
「団長は悪い大人です。もう子供では——ぐえっ」
エリカに腹をおもいきり殴られた。
膝を曲げてその場に倒れる。
鎧を着けていないから大ダメージだ。突っ込みが過剰すぎる。
「あら~? どうしたのかしら、ネファリアス。そんな所で倒れていると服が汚れるわよ~?」
にっこ~り。
エリカの笑顔は大変圧のあるものだった。
顔に書いてある。「余計なこと言うんじゃない」って。
俺は内心でこくりと頷くと、
「す、すみませんでした……」
小さく彼女に謝った。
肩から手を離したエリカは、
「ふんっ。乙女に年齢の話はしないことね。手痛い目に遭うわよ?」
と吐き捨ててその場から立ち去っていく。
すでに酷い目には遭いました。
遠ざかっていく彼女の背中を眺めながら、
「そうか……女性に年齢はタブーなのか……」
いまさらながらに禁忌に気付く。
▼△▼
「聖王国から……使者が……」
エリカに聞いた話をスカサハたちが泊まってる宿に行って報告した。
それを聞いた彼女たちは、これまで以上にぴりぴりと緊張する。
無理もない。これから彼女たちにとって一番の敵と言える聖王国の人間がやってくるのだ。下手したら捕まるし、その場で処刑される恐れもあった。緊張くらいする。
「とりあえずは話し合いだけどね。謁見の間——王宮に集まって聖女に関してかな? 話をする。その場に俺とエリカとイルゼも参加するから、話の内容は終わってからすぐに伝えに行くよ」
「ご迷惑をおかけします、ネファリアス様」
「ううん、気にしないでくれスカサハ。俺としても話し合いの場に呼ばれたのは幸運だった。後からエリカ団長に聞こうと思っていたくらいだからね」
「で、でも……本当に聖王国から使者の人が来るなら、きっとそこには護衛として異端審問官も……」
「同行するでしょうね」
リンデイが恐る恐るといった風に呟いた言葉を、隣のシロが肯定した。
彼女は続ける。
「何人かは国に残ってるでしょうが、スカディを見つけた際に捕らえられるよう、もう半分ほどが一緒のはずよ。向こうは私たちの顔を知ってる。少なくとも使者がいる間には外には出れないわ」
「また窮屈な生活に逆戻りですね」
「窮屈なのはいつものこと。スカサハも耐えられるでしょ」
「ええ、まあ」
ひとしきり話し終えると、彼女たちの中にも多少の余裕が生まれる。
これは俺がいるのが大きいと自惚れた。事実、俺は異端審問官たちを蹴散らし国際問題に発展してでも彼女たちを逃がす所存だ。
そうしたら俺は、名実ともに世界の敵。彼女たちとともに指名手配されるようになるだろう。まともな暮らしは望めない。
「それじゃあ俺はそろそろ騎士団の宿舎に戻るね。これから謁見の間に向かう」
「解りました。くれぐれも無理をしないでくださいね。ネファリアス様にも生活があります。いざとなったら——」
「スカサハ」
彼女の言葉を途中で遮った。
それ以上はよくない。それ以上は俺が耐えられない。
にこりと笑って、俺は確固たる意思を見せ付けた。
「何度も言うけど、俺は絶対に君たちを見捨てない。全てを捨て去ってでも必ず聖女に戻してあげるから、そんなことは言わないでくれ」
「ネファリアス様……」
ぽーっとスカサハが俺の顔を見つめたまま動かなくなる。
首を傾げると、彼女の隣でシロが、
「あー……こうなるよね、普通。気にしないでください、ネファリアス様。彼女は、唐突な病に侵されているから」
「や、病? 病気はさすがにまずいよね……?」
「平気です。そのうち治りますから。一時的な症状は」
「???」
シロが何を言ってるのか解らなかったが、あんまり重態ではなさそうなので受け入れる。
三人の女性たちに見送られ、いよいよ俺も謁見の間へ向かうことにした。
果たして、蛇が出るのか鬼が出るのか。
いやに緊張してしまった。
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