第171話 観光気分

 俺の日々は劇的に変化した。


 勇者イルゼ、団長エリカと意見が決裂した際に、ほぼ関わりが断たれてしまったのだ。


 いまでは訓練以外の時間は全てスカデイたちと一緒にいる。


 彼女たちはお尋ね者だ。本来はあまり露出の機会を増やすのはよくないが、それでもずっと部屋に閉じ込めておくと娯楽のない人間はストレスが溜まる。


 それを危惧した俺は、俺がそばにいることを条件に彼女たちを外へ連れ出すことに決めた。


 三人とも危険を承知の上で外に遊びに行きたいと言う。やはり気持ちは一緒だったのかもしれない。




 ▼△▼




 そんなわけでスカディことスカサハと、その友人であるシロ、リンディの三人とともに俺は宿を出た。


 特に目的地があるわけではない。適当に街の様子を見て回るのが主な目的だった。


「わぁ……! さすがに王都はものすごく賑わっていますね!」


 街の一角、通りに出た瞬間、スカサハは感嘆の声を漏らす。


 後ろではシロがくすりと笑っていた。


「私たちが王都に入ったときは夜でしたからね。こうして昼間に外に出るのは初めてです。夜と昼ではだいぶ景色も様子も変わりますね」


「本当ですッ! 活気が違いますね! 見てるだけで元気がもらえるなぁ!」


 ぴょんぴょんと外套にフードの姿でその場を飛び跳ねるリンディ。


 さすがにまずいと思ったのかスカサハに止められた。


「リンディ、いけませんよ。その格好であまり目立つような真似をすると、ネファリアス様に迷惑をかけます。ここは大人しく街の様子を見守らないと!」


「ハッ! そうだった……ネファリアス様が一緒にいると、つい気が抜けちゃう……」


「安心感が違うわよね」


 シロがリンディの言葉に頷いた。


「あはは。それなら俺は少し離れたところで三人を見守ろうか? 友人同士、水入らずでね」


「そういう配慮は必要ありません。いまや我々の中にはあなたもいるんですよ、ネファリアス様」


「俺も……かい?」


 こてん、と思わず首を傾げる。


 スカサハの言葉は、まるで俺を数少ない友やそれに近しい存在だと認めているようだった。


 そして、実際にその通りだったらしい。


 彼女はこくりと頷いて、


「はい。ここまで私たちのために動いてくれたあなたを、我々は心の底から信用しています。命を預けられるくらいに。ですから、寂しいこと言わないでください。四人で水入らずですよ」


「スカサハの言う通り。ネファリアス様は遠慮しなくていい」


「スカサハ……シロ……」


 なんだか仲間として認められるというのは謎に心がジーンとする。


 思わず涙腺が緩みそうになったが、こんな往来で男性が泣いたら目立つのは確実。ぐっと堪えて俺は笑った。


「ありがとう。それじゃあ遠慮なくみんなと一緒に行動しようかな」


「はい! それでいうと私はまず色んな食べ物に興味があります!」


「食べ物? まずは文化とか芸術関係じゃないの?」


「シロは頭が硬いよ! 観光って言ったらご飯でしょ!?」


「これ、観光って言えるのかしらね……」


「ネファリアス様以外はお尋ね者ですからね……調査、と言ったほうが正しいかもしれません」


「調査って……」


 なんだか急に仰々しい言い方になったな。


 たしかにみんなはお尋ね者。見つかったらただでは済まないが、いまのところは普通の観光客でもある。


 じきに来る聖王国の使者の言葉によるが、こんな機会はもう二度とないかもしれない。


 そう思うと、俺はできるかぎり彼女たちに観光気分を味合わせてあげたくなった。


 不穏な思考を外に追い出し、


「リンディが正しいよ。今回は観光さ。王都じゃ君たちのことを知る人は少ない。名前を出したらあれだけど、顔だけなら平気だよ。いまはフードも被ってるし、安心して楽しもう。いざとなったら俺が全力で守るしね」


「ネファリアス様……ありがとうございます」


 スカサハは深々と頭を下げた。それにシロとリンディも続く。


 そして、


「では、お言葉に甘えて観光を楽しみましょうか」


「そうね。いつまでもウジウジしていたら逆に迷惑だわ」


「はいはい! じゃあ私が言ったように食べ物からまずは探しましょう!」


「いえ、それでも特産品を探すほうが面白いわ」


「私はどちらでも……」


 リンディが主張し、シロが反論。玉虫色の回答になるが、最後はどっちつかずのスカサハが話しに乗っかった。


 その様子を眺めて、俺は、


「とりあえず、全部同時にやればいいんじゃないかな? 歩いてみればどっちも見つかるさ」


 と彼女たちに折衷案を提示する。


 三人とも同時に頷いた。


「賛成です」


「賛成!」


「それがいいですね」


 こうして俺たちは通りを歩き出した。


 左右に立ち並ぶ店を眺めながらどこまでも純粋に観光を楽しむ——。




 ▼△▼




 その翌日。


 とうとう、王都に聖王国からの使者がやってきた。


 騎士の代表として俺やエリカ、勇者たちも謁見の間に呼ばれることになる。

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