第170話 そういう未来もまた
ネファリアスが部屋を出ていった。
ぎぃ、という木製の扉が軋む音を聞いて、
「ネファリアス様……」
もう一度、元聖女のスカディはその名を呟いた。
数秒ほど扉を見つめたのちに、彼女は後ろを振り返る。
窓際とベッドには、数少ない親友の二人が。
シロことクロ。リンディことリーリエが、スカディと同じように顔を赤らめていた。
「あ、あの人は……まるで聖者様のようですね」
「ええ。とても温かく、眩しい」
「でもでも! すごく嬉しいよ。ネファリアス様は勇者様たちより強いって聞くし、そんなお方が味方にいると、安全度は増すね!」
「そうね。リンディの言う通り。茶化されてしまったけど、ネファリアス様の言葉に嘘はないように見えたわ」
「わ、私たちのことが……好き、ってやつ?」
クロの表情がさらに赤くなった。
リンディなんて嬉しそうにベッドの上に転がる。
「う、うん。理由はわからないけど、きっと嘘じゃない。どこかで会ったことあるのかしら?」
「それかスカサハに一目惚れした、とか?」
「わわ、私ぃ!?」
ぽぽぽ、とスカディの顔まで赤みを強める。
だが、首を左右に激しく振ってクロの言葉を否定する。
「あ、ありえない! 私なんて別に……そんなかわいくないし……」
「えー? それは嫌味だよぉ、スカサハ。スカサハは可愛いよ?」
「自信持ちなさい。ちゃんと可愛いわ」
「~~~~! う、うるさい! それを言うならシロだって美人だし、リンディのほうが可愛いわ! きっとネファリアス様は、二人のどちらかに惚れているのよ!」
「わ、私たち……?」
うぐっ、とシロがやや後ろに仰け反る。
反対にリンディは喜んでいた。
「え~? そうなのかなぁ、えへへ。だとしたら嬉しいなぁ」
「う、嬉しいの? リンディは?」
まさかの返答が返ってきてスカディは驚いた。
リーリエはこくりと頷く。
「そりゃあ嬉しいよ~。だって、ネファリアス様イケメンだし、優しいし、強い! なんか完璧超人って感じ。それでいて初心なところがあって変なところで意地悪だし~……そういう、ちょっと抜けてるところもいいよねぇ」
「ああ、それはわかるわ」
「シロも!?」
ここにきて普段は恋愛話なんてしないクロエまで乗ってきた。
「それだけネファリアス様が魅力的な人ってことよ。あなただって満更ではないのでしょう?」
「そ、そそ、それは……そう、だけど……」
図星だった。スカディとてネファリアスのことは嫌いじゃない。
いや、むしろ好きな部類に入ると言ってもいい。
それだけネファリアスは魅力的な人物だ。最近、余計にその株が急上昇している。
たとえるなら吊橋効果と言ったところか。
「でもさぁ、そもそもネファリアス様に彼女とかいないのかな?」
「ッ!」
ぴりっと空気が変わった。
なんとなく言ったリーリエが、「あれ?」と首を傾げる。
「たぶん……いないでしょうね」
「シロはどうしてそう思うの?」
「簡単よリンディ。恋人がいたら私たちに付き合ってくれるわけないもの」
「あー、たしかに」
言われてみれば単純な話だった。
国外へ逃亡しようとするのは、それだけフットワークが軽い証拠でもある。
騎士団を抜けるのをフットワークが軽いと言うのかは謎だが、少なくとも、ネファリアスみたいなタイプが恋人を捨ててまで危険な真似をするとは思えなかった。
スカディも胸を撫で下ろす。
「それじゃああれだね! この件が片付いてスカディが聖女に戻ったら、ネファリアスくんと婚約だ!」
「えええええ!?」
落ち着きを取り戻してきたスカディが再び慌てる。
飛び出した大きな声に、クロまでもが驚いた。
「す、スカサハ? 急に大きな声を出さないでよ……」
「ご、ごめん……でも、急にリンディが変なこと言うから……」
「リンディが変なのはいつものことでしょ?」
「酷くない!? その言い方はあんまりだよ!」
「事実でしょ。いきなりスカディとネファリアス様が婚約するなんて。どこから出てきたのよ」
「普通に婚約しないの? だって、今回の件が解決したら、ネファリアス様は聖女を守った英雄だよ? みんな称えるし、元貴族だって言うから血筋も悪くない。おまけに才能は折り紙つき。こんな物件、捨てるほうがどうかしてるよ」
「だ、だから婚約?」
スカディの言葉に激しくリーリエは首を縦に振った。
その口元がにんまりと笑みを作る。
「そう! そして、スカディの許可のもと、私とシロも一緒にネファリアス様と結婚するんだ~」
「ええ!?」
「わ、私も?」
動揺するスカディとクロエ。
だが、嫌そうには見えなかった。
「いいじゃん二人くらい。一夫多妻は普通のことだし、私も混ぜてほしいもん!」
「べ、別にそれはいいけど……そもそも、ネファリアス様が許可を出さないと意味ないわよ?」
「そこはほら……好きらしいからさ!」
「根拠のない自信ね……」
でも、と内心でスカディは笑みを浮かべた。
そんな未来も悪くないと……たしかに思ってしまったのだ。
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