第163話 俺の道
エリカの部屋にやってくる。
置いてあったソファに俺が座り、対面にエリカとイルゼが座る。
まるで俺を追い詰めるための席順だな。やや張り詰めた空気からそんな嫌な発想が生まれる。
そんな中、まずはエリカが口を開いた。
「——ネファリアス」
短い言葉。俺の名前を呼んだ。
ちらりと彼女のほうへ視線を向けると、エリカは続けた。
「本当にあの子たちを匿うつもりなの?」
それに対して俺は、
「ええ。元の場所に返してあげるつもりですよ」
「それは……聖王国にってこと?」
反応したのはイルゼだった。俺はこくりと頷く。
「ええ。今の聖王国にいる聖女とやらをその座から引きずり下ろして、必ず彼女をもとに戻します」
「それが大罪という自覚はあるのかしら」
今度はエリカが俺に問う。
またしてもハッキリと頷く。
「もちろん。聖女は勇者に次ぐ希望だ。もし新たな聖女が本物なら、俺は世界の敵ってことになりますね」
「それを承知の上で……それでもアナタは動くというのね」
「はい。俺は必ず彼女たちを助けます。これは確定事項です」
「何がアナタをそこまで突き動かすの? 本当に聖女の信者なんて言わないでしょうね」
「違いますよ」
俺は別に宗教にハマッてるわけでも、スカディ本人に好意を抱いているわけでもない。
ただ、救いたいだけだ。
この手に救えるだけの力があるのなら、彼女もまた、ノートリアスの人々やアビゲイルのように救いたい。
それが、
「彼女は手を差し伸べてきた。解決するための力が俺にはあるかもしれない。だったら、迷わず手を握り返すのが俺です」
「まるで物語に出てくる聖者のようね」
「エリカ団長まで……」
「? 何か言った?」
「いえ、なんでもありません」
ここでも聖者とやらの話が出てしまった。
俺はそんなに大層な人間じゃない。あくまで相手がスカディだったからだ。
友人でも知り合いでもない他人のために動けるかと言われれば……やっぱり首を縦に振ることは難しい。
そういう人間なんだ、俺は。
「僕は今でも反対だよ。何度でも言うけど、下手をすれば聖王国との戦争にだってなりかねない。王国が世界の敵として認定される可能性もある」
真剣な表情で勇者イルゼがそう言った。
彼の意見を俺は否定するつもりはない。
「その可能性がない——と言えば嘘になるね」
「だろう? そこまでのリスクは負えない。彼女が本物の聖女である確証もないのに、国に迷惑をかけるのは間違ってる!」
「正しい言葉だと思うよ。イルゼは間違ってない。そのまま自分の意思を貫けばいいと思う」
さすが勇者だ。多くの人間を優先する心は俺の知る勇者の像に近い。
だが、だとしても俺には響かない。
俺は、たとえたった一人のために世界の半分を捧げても構わないと思う人間だ。
トロッコ問題に意味などない。結局のところ、救いたい人間しか救われないのだ。
「でも俺は彼女たちを救う。そう誓ったし、約束もした。だから、俺たちは相容れないわけだ」
「ネファリアスくん……」
バチバチとお互いの間に火花が散る。
本気で嫌っているわけでも喧嘩がしたいわけでもない。ただ、お互いに譲れないものがあった。
「そう……アナタの意思は固いのね」
やれやれ、とエリカがため息を吐いた。
エリカもどちらかと言えばイルゼ側の味方だ。今回に関しては規模が違いすぎると思っている。
一応は中立を保ってはいるが、いつ牙を剥くのかはわからない。
場合によっては、俺は騎士団をやめてでもスカディについていく。
騎士団にいればメリットは多く便利だけど、スカディを失うことに比べれば些細な問題だ。
「今後、彼女たちの世話は俺がします。エリカ団長が気に食わないなら、金も俺が出しますしね。それに……騎士団を抜ける覚悟はできています」
「ッ! そこまで本気なのね」
「はい」
エリカに問われ、即答する。
さすがにこれにはイルゼも驚いていた。あたふたと困惑した反応を見せる。
「な、なんでネファリアスくんがそこまで……。彼女たちとはほとんど初対面なんだろ?」
「初対面ですよ。けど、仲がよくても悪くても変わりません。俺は彼女たちを救いたい。そう思ったら、すべてを捨ててでも守るのが俺です」
絶対にそこだけは折れちゃいけない。ここが折れると、もはや俺には何も残らなくなる。
ハッキリと告げられた言葉に、イルゼもエリカも何も言えなくなる。
どうやら話は平行線。あまり意味がなかったらしい。
ソファから立ち上がり、なんて声をかけていいのかわからない彼女たちへ告げた。
「そういうわけなんで、俺の処遇はご自由に。これからは訓練以外の時間は彼女たちの世話に当てますので、気にしないでください」
それだけ伝えて、俺はエリカの部屋を出る。
何か声をかけてきそうな雰囲気だったが、ついぞ言葉は出なかったのか、何も言われないまま俺は部屋を出た。
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