第162話 どうして?
「それじゃあ、改めて俺は、お湯の件も含めて一度宿舎に戻るよ」
三人の期待を背負い、俺は踵を返す。
だが、歩き出す前にスカサハから声がかかる。
「お待ちください、ネファリアス様」
「ん? まだ何か話が?」
「はい。大切なお話が」
急にスカサハの様子が真面目になる。
ほか二人は困惑していた。
俺も、一体何を話されるかちょっとだけ不安になる。
けど、彼女の話は予想外のものだった。
「どうしてネファリアス様は……そこまでして私たちを助けてくださるのですか?」
「どうしてって……そりゃあ——」
「私たちが可哀想だから、という理由だけでは足りませんよね?」
「…………」
あらら。そこに注目されるとは思ってもいなかった。
考えてみれば当然か。いきなり知らない男が、無償であれやこれやと手を貸してくれる。そりゃあ気になるよね。
「そうだね。適当な理由じゃ納得してくれなさそうだ」
「気になるのです。あなたが我々に力を貸す理由が。勇者様と対立してもなお、私たちを助ける理由はなんですか?」
「簡単だよ。俺は聖女様が好きなんだ」
「————ぴえっ!?」
スカサハはおもいきり顔を赤くした。
慌てて俺は訂正する。
「あ、しまった。恋愛感情とかそういうのじゃないんだ。純粋に、聖女スカディ様を尊敬している」
「な、なるほど……?」
なんとかスカサハは持ち直した。相変わらず顔は赤いが、会話できるくらいには余裕がある。
「たったそれだけの理由で、私たちに力を貸すと?」
「もちろんそれだけじゃない。聖女様が困っているなら手を貸したいし、困ってる人がいたら見過ごせない。勘がね、言ってたんだ」
「勘?」
「君たちを助けたほうがいいって。見捨てるほうがまずいことになるかもってね」
この世界に聖女は必要だ。彼女は勇者を支える重要な役割を持つ。
もはやモブに成り下がった俺には、そんな彼女を助けることしかできない。
「聖女が困っているなら助けたい。困ってる人は助けたい。その心は……」
「?」
なんだか急にスカサハが考え始める。
顎に手を添え、ぶつぶつと小さく何かを呟いていた。
しばらくすると、
「——わかりました。ネファリアス様のことは、よーく」
「納得してくれたならよかった。そういうわけだから、俺は今後も君たちに全力で手を貸す。共に聖女の座を取り戻そう!」
「はい! 聖者のごときネファリアス様と一緒なら、我々は必ず聖女の座に返り咲くことができます!」
「……聖者?」
いきなりなんだ。
俺は困惑した表情を浮かべる。
だが、彼女は上機嫌に語った。
「他者を助け、どんな相手だろうと手を差し伸べる方が聖者じゃないとでも?」
「違いますね」
俺はそんな大それた存在じゃない。
一般人が相手だったら、今回みたいになってはいなかったと思う。
あくまで彼女が原作のヒロインだったから。だから、俺は全力で助けるんだ。
「いいえ! 違いません! ネファリアス様は物語に登場する聖者様のようです! 強き肉体を持ち、善意溢れる心を持つ! 指名手配されている我々に安息の地を与え、こうして世話してくれるほどの……!」
スカサハの演説めいた言葉に、後ろでは二人の女性がうんうんと何度も頷いていた。
もしかして面倒なスイッチ入った? カルト集団に見えるからやめてほしい。
俺は本当にそんな心優しき人間じゃないんだ。
「俺は聖者じゃない。たまたま、相手があなた達だったから手を貸すだけ。勇者と敵対する理由には十分だろう? 普通の人ならそこまでしないよ」
「口では何とでも言えます! ネファリアス様は偉大です!」
「この状況でそれを言われるの!?」
普通、それってマイナスな言葉だよね? なんでプラスに使われているんだ……。
エキサイトするスカサハを、俺以外の誰も止めようとしない。ノリノリで乗っかり始めるくらいだった。
やがて、俺が疲れて諦める。
スカサハの演説は、およそ三十分は休みなく続いた。
よく喋るね、君。
▼△▼
スカサハ達と別れて俺は騎士団の宿舎に戻った。
すると、宿舎の入り口には二つの影が。
イルゼとエリカだ。どうやら俺の帰りを待っていたらしい。
「どうも、イルゼ、団長。ただいま戻りました」
手を上げて挨拶すると、真っ先にエリカが、
「あの三人は宿に着いたの?」
と訊ねてくる。
「ええ。居住区の一角、格安の宿に送り届けてきましたよ」
「そう……これからどうするの?」
「それは部屋の中で話しましょう。ここだと万が一の場合があるので」
「わかったわ。私の部屋に行きましょう」
こくりと頷いてエリカは宿舎の中に入っていった。
その背中を追うイルゼの表情は、どこかぎこちない。
俺たちの間には、決定的な溝ができた。
それを今後どうやって解消していくのか。俺も、じっくりと考える。
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