第161話 お風呂!

「ひ、ひどい目に遭った……」


 王都を囲む外壁。その一角に腰を下ろした二人の女性たち。


 彼女たちは、ぜぇはぁ、と荒い呼吸を繰り返す。


「ごめんごめん。まさかそこまで驚くとは思っていなかった」


「嘘ですよね!? 確実に面白がってましたよね!?」


 疲労を浮かべた女性のひとり、亜麻髪色の彼女——元聖女のスカディにしてスカサハがそう叫んだ。


 今は夜だし、居住区の中だから俺は人差し指を口に立てて、


「しー。一応、ここは居住区だからうるさくすると怒られるよ?」


 と告げる。


 納得いかなそうな顔を浮かべるものの、彼女も自分がどういう立場にあるのか理解はしていた。


 グッと声を抑え、やれやれとため息を吐く。


 ちなみに、疲労困憊の二人とは裏腹に、たったひとり——リーリエことリンディはもの凄く元気だった。


 ぴょんぴょんとその場で飛び跳ねながら、


「いやー、貴重な体験ができましたね! クロエさん!」


 ともうひとりの疲れた顔の女性へ声をかける。


 話しかけられた黒髪の女性——クロエことシロは、


「リンディうるさい……それと、私はシロよ。徹底しなさい、馬鹿……」


 ジト目でリンディを睨みながら注意をする。


 リンディは、はたと自分の失言に気づいた。


「ハッ!? そうでした……偽名であることがバレたら大変なんですよね!」


「だからそういうことを言わないの、馬鹿」


「うぅ……すみませぇん……」


 なんだかリンディを見てると幸先に不安を感じるのはなんでだろう。


 度胸はあるし好奇心もひと一倍だ。面白い子ではあるが……こういう状況には向かないね。


 スカディ——スカサハもそう思ったのか、二人の様子をちらりと見てから、


「それで、ネファリアス様。これからどうしますか?」


 と訊ねてくる。


 残り二人の視線も吸い寄せられるようにこちらへ向いた。


「これから宿を探して泊まる予定だよ。そこから先は、まあ好きにしてもらって構わない。ただ、勝手に外に出られると身バレのリスクがある——ってことは理解してるよね?」


 こくりとスカサハとシロが頷く。遅れてリンディも。


「わかっています。我々はあくまで聖女の地位を奪還するためにここへ来ました。いつまでも隠れているつもりはありませんが、犯罪者である自覚もあるので……」


「無実の罪なのにね。まあ、それはおいおい晴らしていこう。まずは情報を集めないと」


 そう言って立ち上がった二人を見て、俺は移動を開始する。


 並んだ三人とともに、居住区の一角にある格安の宿へ向かった。




 ▼△▼




 宿自体は簡単に取ることができた。


 夜間、それも怪しいローブの三人を不審に思う人はあまりいない。


 なぜなら、この世界ではローブを着用するのはそう珍しいことでもないからだ。


 フードを被ると若干の怪しさは出るが、それも若干。


 宿の人間からしたら、金さえ払ってくれればなんでもいい。


 加えて俺は、一週間分の家賃を払った。先払いだから店主もホクホク顔である。




 そのまま階段を上がって三人の個室へ。代表してスカサハの部屋に集まり、そこで話をすることにした。




「いやー、久しぶりのベッドだー!」


「ここまで来ると、さすがにホッとするわね……」


 部屋に着いたリンディとシロは、人が生活できる環境を見て喜びを浮かべた。


 リンディなんてベッドに転がっている。


「ちょっとリンディ……それ、私のベッドなんですが」


「いいじゃんスカサハ~。どうせどこも同じだし、私たちは揃って汚れまみれなんだし!」


「そう言えば汚れを落とすには……ここだと、水か何かで洗うしかないわね」


「高い宿だとお風呂とかもあるんだけどね。さすがにお金がかかりすぎるから、ごめん」


 女性三人を格安の宿にしか連れていけないことに、俺は謝罪した。


 しかし、三人の女性は揃って首を横に振る。


「いいえ。普通なら街中に入るのも難しい私たちに、こうして手を貸してくれただけで感謝すべきです。改めて、ありがとうございます、ネファリアス様」


「「ありがとうございます」」


 スカサハに続き、シロもリンディも恭しく頭を下げる。


 なんだか気恥ずかしい気持ちになった。


「それに、水で体を洗うのは、聖職者なら誰もが慣れていること。別にお湯である必要はありません」


「うんうん! 寒い時期でもなきゃ、別に問題ないよねぇ」


「あれば嬉しいですが、なくても体は洗えます。死ぬわけでもありませんしね」


「三人とも逞しくてよかったよ。それじゃあ俺は騎士団の駐屯所に戻るね。……あ、そうだ。もしかしたらお湯を運ぶことができるかもしれない」


「——え?」


 三人とも、同時にこちらを見た。


 みんな瞳孔が開かれているから怖い……。


「ど、どういうことですか、それは」


「えっとね……俺には物を収納する能力があるんだ。それを使えばお湯を運ぶこともできる。というか、小さな浴槽みたいなのを作ってみるのもありだね」


 大きすぎると床が抜けるかもしれないが、ひとりが入る浴槽くらいなら問題ないだろう。


 そこにお湯を張ってインベントリに入れれば、簡単に持ち運べる。


「そのようなスキルが!」


「素晴らしい!」


「ネファリアス様は天才です!」


 三者三様。ほぼ同じ感想を述べて瞳を輝かせる。


 やっぱり、なんやかんやお湯には入りたいよねぇ。

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