第160話 恐怖体験
夜になる前にイルゼたちは先に王都へ戻った。
途中まで一緒だった俺とスカサハたちは、正面から門を通るわけにはいかず、そのまま進路を変更。夜になるまで待って、夜がくると外壁の側面に回った。
「ね、ネファリアス様……本当にこの高い壁を越えることができるのですか?」
夜道を歩きながら、後ろからスカサハの不安な声が聞こえる。
俺は足を止め、笑みを作って答えた。
「はい。俺のスキルがあれば問題ありませんよ。高いと言っても、精々が三十メートルほどでしょうからね」
これくらいなら俺の身体能力と悪魔の手を組み合わせれば問題ない。
しかし、俺のスキルなどを知らない彼女たちは、どこか不安げな感情を浮かべていた。
「ちなみにですが、皆さんは街中に入ったあと、適当な宿に泊まってもらいます。幸いにも俺は金を持っているので支払いは問題ありません。エリカ団長の好意で、経費で落とせるらしいので」
あまり派手には使えないが、俺はそれなりに活躍した騎士でもあるから、給料アップ——という形でスカサハたちの滞在費が出る。
だからお金の心配はなかった。
心配しているのは……。
「ただ、宿には泊まります。これまで住んでいた場所とは違う環境ですが、三人とも問題ありませんか?」
「平気です。我々にとっては野宿ですら許容範囲ですからね」
「教会では質素な生活を送っていました。それが習慣で、特に望むものもありません」
「そもそもお尋ね者の私たちが何か頼める立場でもないですしね~」
スカサハが。シロが。リンティが順番にそう言った。
ちなみにリーリエの偽名がリンティだ。彼女曰く「カッコいい名前を思いついた!」とのこと。
うん、まあ何でもいいんだけど。
「ではこのまま街中に入っていきましょうか。完全に夜空になり、我々の姿を捉えられる人はほとんどいないでしょうし」
「よ、よろしくお願いします! できる限り、迷惑をかけないように努めますので!」
「あはは。肩肘張らないでください、スカサハ。別に問題行動さえ起こさなければ俺は何も言いませんよ」
くすくす、と覚悟の決まってる彼女を見て笑う。
スカサハは生粋の真面目キャラだからな。クールなシロとはそこが違う。
努力家で、優しくて、清らか。
そんな彼女を偽者といった聖王国の連中には、痛い目に遭ってもらわないと。
そう思いながら、俺はスキルを発動する。
不可視の手が三人を包み込む。そのまま落ちないようにしっかりと持って、
「それじゃあ、皆さん——壁を駆け上がります!」
「「「え」」」
俺の一言に、三人が揃って声を合わせた。
それは一体どういう意味——という言葉を発する前に、俺は思い切り地面を蹴った。
これまで鍛えた驚異的な身体能力が、ぐんぐん空へ飛んでいき——最後に壁を蹴って二回目の跳躍。
たったこれだけで、俺は三十メートルほどの壁を飛び登った。
うん、やっぱり楽勝だったね。
周りに兵士がいないことを確認し、そのまま外壁の上に着地する。
そこから先は、上るのとは逆だ。落ちて地面に着地すればいい。
「ねねね、ネファリアス様!?」
「あ、よく頑張って声を抑えましたね、三人とも」
そう言えば三人がどんな反応をするのか忘れてた。
俺のスキル『悪魔の手』は不可視だから、掴んだ状態でも彼女たちの表情は見える。
あのシロでさえ、驚きすぎてぐったりとしている。
唯一、リンディだけは楽しそうに瞳を輝かせていた。
彼女はかなり度胸があるタイプだね。
「ま、まさか……こんな力技で外壁を越えてくるなんて……」
「すごいですよね! 私感動しちゃいました! ぴょーんって! 一瞬でしたよ!? しかも宙に浮いてます、私たち!」
「あはは。三人ともお気に召してくれて嬉しいですね」
「ぜんぜん召してません」
即行でスカサハから鋭い突っ込みが入る。
だが、俺は特に気にしない。この方法が一番なんだから。
「まあまあ。これから下に降りないといけないのに、上る段階で驚いてたら疲れますよ?」
「……あ」
リンディ以外は忘れていた、みたいな顔になる。
ガクガクと二人が震え始めた。
「も、ももも、もも、もしかして……?」
「これから下に飛び降りるなんてこと……ないですよね?」
「…………ふふ」
「いやあああああ!」
スカサハが俺の笑みを聞いて発狂する。
一応、夜で、侵入者である自分たちのことを考慮して声は抑えているが、かなり嫌そうな顔を浮かべていた。
だが、ここから降りないとなると、階段を使って降りることになる。
そうなると他の兵士に見られる可能性もあるからなぁ……うん、やっぱり飛び降りよう!
なに、悪魔の手でがりがりと壁を削りながら勢いを落としていくから、そんなに派手なことにはならないよ?
さすがにそのまま飛び降りたら、着地の音が大きすぎるからね。それなら、悪魔の手で、摩擦を使って減速しながら降りたほうがいい。
そういうわけで、俺は問答無用に彼女たちを掴んだまま、壁を滑るように降りていった。
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