第159話 謎の聖女
勇者イルゼとの一触即発の状態はなんとか沈静化した。
しかし、お互いに顔を合わせるのが気まずくなって離れたところに座る。
すると、隣から声がかかった。申し訳なさそうなスカディの声が。
「あ、あの……」
「うん? どうしましたか、スカディ様」
「私のことはどうかスカディとお呼びください。今はもう、聖女という任を解かれたただの小娘ですから」
「しかし……」
「大丈夫です。それに、その名前で呼ばれると困るのは私ですからね」
ぎこちない笑みを浮かべてスカディはそう言った。
本当は自分が一番苦しんでいるはずなのに、それでも誰かのために笑う。
原作を知っている俺にとっては、よく知る彼女の顔だ。
「……わかりました。それなら、これからは偽名を名乗ったほうがよろしいかと。スカディではあまりにも目立ちますから」
「たしかにネファリアス様の言う通りね。今頃はとっくに聖王国のほうで指名手配とかかかってるでしょうし、これを機に、全員名前を変えましょう」
「名前……名前かぁ」
スカディの友人——たしか名前をクロエと言った切れ長の目の少女がそう提案し、もうひとりの友人である……リーリエ? が顎に手を添えて考える。
「では、私はスカディ改めスカサハにしましょう。かつて、私の両親がどちらの名前を付けるかで迷ったらしいです」
「スカサハ……いい名前ですね」
ちょっと呼びにくい気もするが、それだけに俺の記憶には残りやすかった。
「なら、私はシロ。クロエだから反対でシロ。覚えやすい」
「またあなたはそんな適当に……」
「スカディ……いえ、スカサハだって割と適当に聞こえる。それに、偽名なんてなんでもいい。呼べればそれで」
「クロエ——シロらしいですね」
早速ふたりはお互いを偽名で呼び合っている。
これなら残りのひとり、リーリエもすぐに決まりそうだ。うんうんと首を捻る彼女を一瞥すると、俺はスカサハに聞きたいことを訊ねる。
「スカサハにひとつ、訊きたいことがあります」
「はい。私ですか?」
「件の、新たな聖女の件です」
「新たな聖女……そうですね。お気持ちはよくわかります。誰だってそこが気になってしょうがないでしょうし」
「何か知っていることがありましたら教えてください。協力できるかもしれません」
「ありがとうございます、ネファリアス様。しかし……残念なことに、我々はその正体を知りません。知る前に、偽りの聖女という汚名を着せられ国を出ることになりました」
「いきなり異端審問官が来たってことですか?」
「はい。ある日、突然彼らは私に偽りの聖女という汚名を着せました。それからすぐに教会を逃げ出し、シロたちと合流して聖王国を出ました。その際に少しだけ情報を集めましたが、不思議なことに聖女の話はまったく」
「なるほど……」
実に怪しい話だな。
いきなりスカディ——スカサハが偽りの聖女って呼ばれたのもそうだが、その新しい聖女は何を早急にスカサハを捕らえようとしたんだ?
嫌疑だけならそもそも異端審問官はいらないはず。たしかにスカサハは聖女の能力を持っているから強いが、性格的に敵対するタイプではないだろう。
永らく聖王国に住んでいた人間なら、それくらいは簡単にわかる。
あまりにも手荒い手段だ。まるでスカサハを捕らえるのに必死になっているとしか思えない。
おまけに、新たな聖女の情報がほとんど出ていなかったのも気になるな……。
普通、聖女が生まれたなら大々的にアピールするのが聖王国のやり方だった気がする。
それをあえて隠し、スカサハたちですら調べられないようにしているのは……表に出たくないから? 出れない理由があるから?
この一連の騒動……やはり何か裏がある。
俺の直感がそう告げていた。
「事情はわかりました。その聖女に関しては、こちらで情報を集めてみます」
「気をつけてください、ネファリアス様。積極的に聖女の情報を集めようとすれば、王国が元聖女を匿っている——という嫌疑を掛けられかねません」
「わかっています、シロさん。慎重に、少しずつ情報を集めるつもりです。ただ、俺の予想が正しければ、近いうちに聖女は大々的なアピールをするのではないでしょうか」
「大々的なアピール?」
「あくまで予想に過ぎませんが、これまで表に出てこなかった聖女でも、いつかは表に出ないといけません。聖女の仕事は勇者に同行して旅に出ることですから。そのためにも、準備を終わらせて民衆の前に姿を現すはず。そうすればこちらが情報を求めてもなんらおかしくはない」
新たな聖女なんてワード、気にならないほうがおかしい。
そのときに聖女の顔を拝めれば最高だな。向こうからこちらに出向く可能性もあるし、この目でしっかり見極めないと。
場合によっては、その新たな聖女を——秘密裏に消す必要がある。
確実に俺の求めるシナリオには必要ないキャラだからな。
夜までの間、俺はじっくりと色々なことを考える。
スカサハたちと話しながら、徐々に、陽は傾いていった。
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