第158話 対立
「……は?」
勇者イルゼの答えに、俺は首を傾げる。
この期におよんで、聖女スカディたちを助けないという選択肢はないだろ。
考えてみれば、彼女が間違っているわけもない——と思えるのは、原作をよく知ってる俺だから?
ふとしか疑問が浮かび、イルゼもまた話を続ける。
「ネファリアスくんの気持ちは理解できる。僕も助けられるなら彼女たちを助けたい」
「なら助ければいい。どう考えたってスカディ様が本物の聖女だ。エリカ団長だって会ったことがあるんでしょう?」
「え、ええ……でも、実際にそれが聖女様のギフトかどうかはわからないわ。勇者と違って、聖女のギフトが個人個人で能力が違うから」
「それは……」
たしかにそうだ。
勇者は常に同じ能力を継承していく。それに反して、聖女は個人によって宿る能力が変わる。
原作に書いてあった情報によると、スカディの前の聖女は炎を操る能力を持っていたらしい。
スカディとはまったく異なる能力だ。
「エリカの言う通りだよ。長年聖女を務めてきた彼女には悪いけど……決定的な証拠がない以上、彼女たちの話を信じるわけにはいかない」
「な、なんで……困っているのに放っておくのか!?」
「そうは言ってないよ。ただ、今後のことを考えると、彼女たちは聖王国へ連れていくか、異端審問官たちに連絡すべきか」
「ッ!?」
スカディの肩が震えた。
明らかに恐怖と不安、絶望を感じている。
「異端審問官に……連絡すべき?」
俺はイルゼの言葉に怒りを抱く。
言いたいことはわかる。それが正しい判断であることもわかる。
だが、俺自身はどうしても納得できなかった。
異端審問官なんていう薄汚い集団にスカディを渡したら、彼女は確実に殺されるか監禁されるに決まっている。
そんなものは認められない。俺は断固として拒否する。
「——ダメだ。俺はその意見には賛同しかねる」
ぴりっ。
またしても、今度は俺と勇者の間で空気が張り詰める。
お互いに見つめ合い、睨み合う。
「ネファリアスくんは自分が何を言ってるのか理解してるの? その人を匿い、万が一にでも聖王国にバレたらどうするつもり? 事実がどうであれ、今のスカディさんはただの罪人だ。罪人——それも聖女を騙っていた相手を匿う行為が、どれだけ罪深いものかわかっているの?」
「わかってる。よーくわかってる。けど、彼女を差し出すことで丸く収まる現実を、俺は到底許容できない」
「下手すると、魔王と戦う前に戦争が起きるよ。そうでなくとも、世界的に見て王国の権威は失墜する」
「まだスカディ様が偽りの聖女と決まったわけじゃない。周りがそう言ってるだけだ。新たな聖女が聖女である確証だってないんだろ?」
「確証がなくても問題になるって話だよ。もういいだろう? 彼女たちは拘束して、一度王都へ連れていき聖王国へ連絡する。後の判断は向こうが決めることだ」
「断る。認めない」
俺は断固とした意思でイルゼの考えを跳ね除けた。
お互いに睨み合ったまま、数秒の時間が流れる。
空気は一触即発状態だ。いつ爆発して殴り合いに発展してもおかしくない。
そんな空気を察してか、俺とイルゼの間にエリカが入る。
「——そこまでよ」
「エリカ」
「エリカ団長」
「あなたたち、仲間内で争うのはやめなさい。どっちの意見も私は正しいと思うわ。嫌いじゃない」
「でも、エリカ!」
イルゼが声を荒げる。だが、そんな彼の前に手をかざして制する。
「いいから、私の話を聞きなさい、イルゼ。ここは無駄に争うことなく、折衷案で手を打ちましょう」
「折衷案?」
俺の反応に、エリカはこくりと頷く。
「そう。イルゼもネファリアスもお互いにお互いの結論を認められない。なら、どっちの意見も採用すればいいのよ」
「それって不可能なんじゃ……」
「いいえ。イルゼのほうをちょっと妥協すれば平気よ」
「どういうこと?」
イルゼがエリカに訊ねる。
彼女はにやりと笑ってから言った。
「要するに、彼女たちを保護します。——ただし、私たちは聖女スカディだってことを知らない。街中までは入れたけど、そこから先は好きにさせるわ」
「え? でも、バレたときにそれって怒られないかな? どうして街中に入れたんだって」
「そのときは知らなかったもの。なにせ、まだ聖王国から話は通ってきてないし」
「すごい詭弁な気がしてきたなぁ……けど、まあ、僕はそれでいいよ。仮にバレた場合は問答無用で差し出すけどね」
「……俺もそれで構いません。というか、彼女たちは俺が秘密裏に街中に入れます。だから、二人には面倒をかけませんよ」
「三人を? どうやって?」
「それはまあ……秘密ってことで」
人差し指を口の前で立てて笑う。
俺にはスキル〝悪魔の手〟がある。
それを利用すれば、三人を掴んだ状態で王都の外壁を登ることができるだろう。
さすがに日中やるのはまずいが、夜になればバレる心配はほとんどない。
あとは彼女たちを適当な宿に泊め、今後の方針を決める。
それが俺の考えだった。
———————————
あとがき。
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