第157話 残酷な回答
俺の前に原作のヒロインが現れた。
聖女スカディ。
代々聖女を輩出してきた聖王国の現聖女。
そのはずだが……なぜか、彼女はローブをまとって素顔を隠し、遠く離れた王国の地にいる。
エリカやイルゼから、聖女が秘密裏に王国へやってくる——という話は聞いていない。
それは単純に、彼女たちが王国へ向かってお忍びで向かっているという証拠。
おまけに、聖女スカディは言った。
『私は……聖王国にて、聖女の任を預かっていたものです。今は……元、になりますが』
元。
元聖女、と彼女は言ったのだ。
その言葉を聞いた俺はもちろん、イルゼとエリカの両者も目を見開いて驚いていた。
大きな声を上げたのは、唯一の知り合いでもあるエリカ。
「も、元聖女!? どういうこと!? 前に会ったとき、たしかにスカディ様は聖女だったはず……」
「もう〝様〟を付けて呼ぶ必要はありませんよ。言葉の通りです。今の私はただのスカディ。聖王国にて、聖女の任を解かれました」
「——ありえない」
ぼそっと呟いたのは俺だった。
ありえない。本当にありえない。
多少の差だったら納得できた。俺が原作のシナリオを変えたことで起こる未来への不具合。それを正すことも考慮していた。
しかし、これはあまりにも——予想外すぎる。
原作において、聖女スカディが聖女の任を解かれたことはない。
当然だ。
そもそも聖女とは、勇者と同じように神が選んだ使徒のようなもの。
神聖なるギフトがあるかぎり、誰も彼女を聖女じゃない——とは疑わない。
「何があったんですか? 聖王国で暴動が起きた、とか?」
俺の質問に、スカディは首を横に振る。
「いいえ。聖王国で暴動などの問題は起きていません」
「だったらなんで、スカディ——様が聖女じゃなくなるんですか?」
「ネファリアスはスカディのことを知ってたみたいだけど、よくわかったわね。彼女、まだ王国には一度しか顔を見せに来てないのに」
「有名な人ですからね。たまたま知る機会があっただけです」
エリカの疑問に適当な嘘で答える。
今は俺が彼女を知っていたことより、彼女の身に起きた異変のほうが大切だ。
スカディもそれを話したかったのか、スムーズに話は進む。
「単純な話ですよ。本当に、とても単純な話」
そう言って一拍置くと、彼女は続けた。
「——聖王国に、新たな聖女が生まれました。その方が本物の聖女と呼ばれ、私が偽者と呼ばれているのです」
「あ、新たな聖女ぉ!?」
「嘘でしょ……」
俺は叫び、エリカが絶句する。
無理もない。
聖女とは勇者と同じ特別な役割を持った存在だ。勇者と同じく、世界にはたった一人しか聖女は現れない。
スカディが死んで生まれたのならともかく、スカディは健在だ。その上で聖女が現れるなんてこと……ありえるのか?
俺が起こした騒動とはまた違った問題が起きているような気がした。
「——待って」
ぴしゃり。
空気を切り裂いてイルゼが冷たい声を発する。
誰も彼もが、イルゼのほうへ視線を向けた。
彼は真面目な表情、声色であることに気づく。
「それってつもり……君たち——いや、元聖女のスカディさんは、異端審問官に追われているってことじゃない?」
ぴりっ。
一瞬にしてその場の空気が張り詰める。
図星だったのだろう、スカディを始めとする三人組の少女たちは、なんとも言えない表情を浮かべて黙った。
俺が突っ込む。
「異端審問官……たしか、聖王国での宗教関連の罪人を裁くための存在だっけ」
「うん。異端審問官はかなりのツワモノだって話だよ。聞いた話によると、ほぼ全員がギフトを持っているとか」
「それはまた……面倒なことになってるね」
それが事実なら、そんな連中に追いかけられながら彼女たちはここまでやってきたのか。
恐らく、彼女たちは勇者イルゼのことを頼りにきた。
勇者なら味方になってくれると信じて。
……いや、それか、勇者しか頼れる存在はいなかった、と解釈すべきか。
とにかく、
「とにかく、彼女たちをウチで保護しましょう。スカディ様が偽者の聖女とは思えない。聖王国にいる新たな聖女っていうのも、実に怪しい」
いきなり現れたもうひとりの聖女。大変香ばしい。何か事件の臭いがする。
なぜならスカディはここにいる。生きている。おまけに勇者イルゼを頼ろうとした。
それはつまり、彼女の中にはしっかりとギフトが残っているということ。
それに、先ほどからこの周辺に生き物の気配が集まっている。
たぶん、スカディの能力で使役してる獣たちだろう。スカディは動物を強化して一緒に戦う——いわゆるテイマーの能力を持っている。
それならむしろ、怪しいのは後から現れた聖女だ。
俺はそう思って提案するが、勇者イルゼの顔色は悪かった。顎に手を当てて、何かを考える。
そして、
「すぐには答えは出せないね。正直、ネファリアスくんの意見には賛成しかねる」
残酷な返事を返した。
———————————
あとがき。
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