第156話 元聖女

 茂みの中に、複数の女性の姿が見えた——ような気がする。


 俺が視線を向けた瞬間に、がさりと音を立てて姿を隠したが……まあ遅いな。


 物音も立てていたから間違いない。


 構えた木剣を下ろし、そちらへ声をかける。


「おい、誰だ。そこの茂みに隠れている奴」


「ネファリアス先輩? どうしたんですか、急に」


「そこの茂みに誰かいるんですか?」


 不穏な気配を察知した二人も、木剣を下ろして話しかけてくる。


 俺はこくりと頷いて答えた。


「ああ。人の気配を感じた気がしてな。そっちを見たら……たぶん三人か? 女がいた」


「えぇ!? だ、誰ですか? 騎士の人……じゃないですよね」


「騎士たちは向こうで団長たちの試合を見ているからな。それに、騎士たちなら隠れる必要はない。——そうだろ?」


 ジッと女性たちが隠れている茂みを見つめる。


 このまま出てこないつもりか? 黙っていれば見逃されるとでも?


 俺は木剣を地面に置いて、腰に下げた真剣の柄に触れながら再度彼女たちに声をかける。


「次はない。さっさと出てこい。警告を無視するなら攻撃するぞ?」


「——ご、ごめんなさい! 怪しい者じゃないんですうううう!」


 がさっ!


 またしても茂みが揺れて、三人の女性が立ち上がった。


 全員ローブにフードという外見だ。確実に怪しい。


「どこからどう見ても怪しいだろ」


「怪しいですね」


「怪しい……」


 俺の意見に、後ろからフィオナとアビゲイルも同意した。


 すると、フードを被った女性たちはさらに慌てた様子で首を横に振る。


「こ、これは……やむなき事情があるといいますか……実は人を探していると言いますか……」


「やむなき事情? 人を探してる? また怪しくなってきたな……素顔を見せろ。話はそれからだ」


「うぐぐ……! 正論だから断りにくい!」


「でもでもー、ここでバレたら大変だよぉ?」


「襲われるほうが大変でしょう。目の前の男性、かなりできますよ、恐らく」


「う、うん。私の家族たちも戦ったらダメだって言ってる……しょうがない。一か八かで試そうよ!」


「……話し合いは終わったのか?」


 こちらを無視して、三人の女性たちは何やらこそこそと密談している。


 強化された俺の聴覚が捉えたかぎり……もしかしてコイツら、お尋ね者か何かか? だとしたら騎士と遭遇したのが運のつきだな。


 捕縛の準備のために、フィオナたちに縄を持ってこさせようとしたが——動けなかった。


 三人が同時にフードを外す。


 彼女たちの……否、厳密には真ん中に立っている女性の顔を見て、俺は驚きに目を見開く。


「あ、あの~……これでどうでしょうか? 我々はただの村娘なので……」


「——スカディ」


「え?」


 彼女の台詞を無視して、俺は無意識に呟いていた。


「聖女スカディ……なのか?」


「ッ!? ど、どうしてそれを!? もう私の情報がここまで!?」


 俺の予想は正しかったのか、名前を言い当てられたスカディはバッと後ろに下がると、警戒した眼差しを向ける。


 ど、どういうことだ?


 スカディとここで出会ったのもイレギュラーな事態だが、彼女たちはなんで俺を警戒している?


 悪役予定のキャラだったから? いいや、関係ない。


 何かに怯えているように見える。


「そんな……せっかく王国領に入ってもうすぐ王都に着くってところだったのに!」


「手が早すぎる……顔だけでバレるものなの? こんな簡単に……!」


「どういうことだ? お前たち……何かあったのか?」


 俺は訊ねる。


 そこへ、さらなる人物が現れた。




「——ネファリアスくん? そんな隅っこでなにしてるの?」


「イルゼ」


 イルゼとエリカが模擬戦を終わらせてこちらにやってきた。


 その途端、スカディの表情に喜びの感情が浮かぶ。


「ゆ、勇者様!?」


「え? だれ、君?」


「私は……その……」


「?」


 なぜかスカディは自らを聖女とは名乗らなかった。


 彼女はこの世界のメインキャラクターのひとりだ。


 動物に愛された聖女スカディ。


 彼女は原作において唯一、エンディングまで死なず、幸せを教授したキャラ。


 勇者を支え、共に歩み、どんな時でも挫けずに笑った。そんなキャラだったはずなのに……。


 今の彼女からは、憂いと恐怖、そして不安を感じる。


「わ、私は……スカディと、申します」


「スカディさん? どうしてこんな森の中に?」


「スカディ? ……まさか?」


 エリカだけは彼女の正体に気付いていた。


 お互いに面識は一度くらいはあったはずだ。結構前だろうから、エリカもうろ覚えである。


 だが、その名前は強烈に記憶に焼きついている。


 ——聖女だから。


「私は……聖王国にて、聖女の任を預かっていたものです。今は……、になりますが」


「「——は?」」


 俺とエリカは同時に驚く。


 特に俺は、内心でぞわぞわと恐怖がせりあがってきた。




 元……聖女?




 はあああ!?




———————————

あとがき。


予測不可能なくらいぐちゃぐちゃになったストーリーが、ネファリアスに襲いかかるっ



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よかったら作者の新作、

『もしも悲劇の悪役貴族に転生した俺が、シナリオ無視してラスボスを殺したら?』

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