第155話 基礎は大事

 勇者イルゼと団長エリカが戦う。


 イルゼは剣を用いて積極的に相手との距離を潰し、対するエリカは、槍のリーチを活かしながらイルゼの攻撃を捌いていた。


 それを囲む騎士たちを眺めながら、俺は俺でやるべきことをやる。




「な、なんで……アビゲイルたちは訓練なんですか!?」


「不公平です!」


 ぎゃあぎゃあ周りが騒がしい中、唯一、木剣を振り続ける二人の後輩に視線を戻した。


「そりゃあ……新人だからな」


 彼女たちは他の騎士と違って個人訓練中だ。先ほど勇者たちと俺の戦闘を見ただろうし、休憩は十分だろう?


 そう思って無理やり引っ張ってきた。他意はたぶんない。


「ぐぬぬぬ! 他の人たちは楽しそうに勇者様の模擬戦を見てるのに……!」


「アイツらはどうせ後で厳しい実戦が待ってるからな。今のうちに休息を楽しんでいるだけだ。それとも、お前らももっと魔物と戦いたいか?」


「ぜんぜん! 基礎訓練最高です!」


 フィオナの奴、随分と面白い反応を見せるようになったな。


 素直なのはいいが、


「そうか。ならもう少し速く振れ。散漫になってきてるぞ」


 と注意する。


 彼女は奥歯を噛み締めながら、しっかりと言われた通りにぶんぶん木剣を振った。


「アビゲイルは基礎はいいな。フィオナと違ってしっかりできてる」


「ほ、本当ですか? えへへ……こういう地道なことは苦手じゃないみたいです!」


「私は才能型なんで……」


「そういうのはもっと実力を見せてから言ってほしかったな」


 たしかにフィオナは強いよ。それは認める。普通に成長していけば、かなりの剣士になると思っている。


 だが、それはあくまでしっかりと訓練を積んだ場合だ。


 我流で成長できる奴なんて、本当に天才の中でもごく一部だと思う。


 必ず粗があったり、おかしな癖が付いたりするものだ。


 俺だってギフト【システム】があるが、しっかりと基礎は積んだ。そのおかげでほどほどに強くなれた。


 技術だけでも勇者やエリカに迫るくらいには、な。


 だから彼女にもちゃんとした技術を身に付けてほしい。訓練不足で死んだら、哀しすぎて涙すら出ないかもしれないぞ。


「そもそも、ネファリアス先輩も基礎訓練しなくていいんですか?」


「俺は毎日やってるからなぁ……とはいえ、たしかに時間がもったいないか」


 フィオナの指摘は最もだ。


 この時間を無駄にするのもなんだかなぁ、と思ったので、彼女たちの前で俺も木剣を振る。


 正中に構えた剣をただ真っ直ぐに振り上げて振り下ろすだけ。


 ——これが結構大変なんだ。


 慣れていないと、振り上げる際はもちろん、振り下ろす際にも剣の軌道が斜めになる。


 手で剣を振るなとか、集中してやれとか、ひと振りごとに——とかなんとか色々アドバイスみたいなことはあるが、要するに……繰り返し練習しろってこと。


 そうすれば今の俺みたいに軽々と真っ直ぐに剣を振れるようになる。


「おお……さすがネファリアス先輩。綺麗な太刀筋ですね」


「そうか? まあ……それなりに練習はしたからな」


「ネファリアス先輩でも基礎練習が大事だったりしますか?」


「そりゃあ大事だろ。基礎を欠いたら何もかもが歪になる。才能なんて習得の速度とかいろいろあるしな」


 才能にも種類がある。


 成長速度が速い人。理解力のある人。体の動きをトレースできる人。


 理論型から感覚型と、意外と分別できるような気がする。


 中でも一番驚異的なのは、後者の感覚型。


 前者は努力で上を目指していくスタイルなのに対して、後者はなんとなく理解して勝手に伸びていく。


 鳥が生まれながらに空を飛べるように。魚が水面を泳げるように。


 そういうタイプは勝手に、恐ろしい速度で成長していく。最初から体にそれらの才能が刻まれているかのように。


 ネファリアスはどちらかと言うと理論型だな。システムなんて才能があるからぐんぐん能力は伸びるが、技術面ではしっかりと考えながら磨いている。


 フィオナは感覚型だ。それゆえに、伸び伸び鍛えていくのも悪くないが……ある程度の理論を覚えてからが成長しやすい。


 どうせ基礎を積み重ねていけば、勝手にコイツは強くなるだろうしな。


 逆にアビゲイルは理論型。ひとつひとつを吸収していき、ある程度の技量に到達した瞬間——一気に伸びる。


 惜しむらくは、二人にギフトがなかったことか。ギフトがあればもっと早く、より強く伸びていただろうに……残念だ。


 そんなことを考えながらひたすらに三人で剣を振る。


 体力がガリガリと削れ始めたのか、最初は雑談していた二人も、途中から真剣に口を閉ざして剣を振っている。


 それを眺めながら、ゆるやかに時間は過ぎて——。


 唐突に、それはやってくる。




「…………うん?」


 人の気配を感じ取った。


 騎士たちが集まっているほうとは真逆だ。


 気になった俺が左側へと視線を送ると——。


「ッ!?」


 たしかに茂みの中に、複数の女性の姿が見えた。一瞬だけ。




———————————

あとがき。


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